“光彦”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
くわうげん50.0%
こうげん50.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
「市野光彦の家、跡方もなく断絶の様子。」迷庵光彦くわうげんの子は光寿くわうじゆで天保十一年に歿し、光寿の子光徳くわうとくは父にさきだつて天保三年に歿し、光徳の子源三郎、後の称寅吉は当時亀島町に住してゐた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
迷庵光彦くわうげんの後、光寿を経て光徳に至つたのだから、迷庵より第三世である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
市野迷庵、名を光彦こうげん、字を俊卿しゅんけいまた子邦しほうといい、初め篔窓うんそう、後迷庵と号した。その他酔堂すいどう不忍池漁ふにんちぎょ等の別号がある。抽斎の父允成が酔堂説すいどうのせつを作ったのが、『容安室文稿ようあんしつぶんこう』に出ている。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)