“光徳”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
くわうとく33.3%
こうとく33.3%
みつのり33.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
「市野光彦の家、跡方もなく断絶の様子。」迷庵光彦くわうげんの子は光寿くわうじゆで天保十一年に歿し、光寿の子光徳くわうとくは父にさきだつて天保三年に歿し、光徳の子源三郎、後の称寅吉は当時亀島町に住してゐた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
五百が書状を遣った市野屋は当時弁慶橋にあって、早くも光寿の子光徳こうとくの代になっていた。光寿は迷庵の歿後わずかに五年にして、天保三年に光徳を家督させた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
被通知人 唐沢光徳みつのり殿
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)