“こうきよ”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
薨去57.1%
溝渠42.9%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
たゞ将門が菅公薨去(こうきよ)の年に生れたといふ因縁で、持出したのでもあるまい。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
○菅神薨去(こうきよ)より七年にあたりて延喜九年四月、左□臣藤原時平公薨(こう)ず、歳三十九。
然(しか)し彼(かれ)の知(し)つてるのは幾屈曲(いくくつきよく)をなして居(ゐ)た當時(たうじ)である。彼(かれ)は何時(いつ)の間(ま)にか極端(きよくたん)に人工的(じんこうてき)の整理(せいり)を施(ほどこ)された耕地(かうち)に驚愕(おどろき)の目(め)を睜(みは)つた。彼(かれ)は溝渠(こうきよ)の井然(せいぜん)として居(ゐ)るのに見惚(みと)れて畢(しま)つた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
晒(さら)せる布の如き溝渠(こうきよ)、緑なる氈(かも)の如き草原の上なる薄ぎぬは、次第に褰(かゝ)げ去られたり。時はまだ二月末なれど、日はやゝ暑しと覺ゆる程に照りかゞやきぬ。水牛は高草の間に群れり。