ふじ)” の例文
やれ、やれ、昼寝の夢が覚めて見れば、今日はまた一段と暑いようじゃ。あのまつふじの花さえ、ゆさりとさせるほどの風も吹かぬ。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
庭にはふじが咲き重つてゐた。築山つきやまめぐつてのぞかれる花畑にはヂキタリスの細いくびの花が夢のほのおのやうに冷たくいく筋もゆらめいてゐた。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
と、これはどうであろう、前面の道は八重十文字やえじゅうもんじに、ふじづるのなわがはってあって、かれのちいさな身でもくぐりぬけるすきもない。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「このふじと私は深い因縁のある気がする。どんなにこの花は私の心をくか知っていますか。私はここを去って行くことができないよ」
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
「これはあり合せ、そなたの年頃に似合うか似合わぬか、それは知らぬ、さがふじになっているはずだが、それでも差料さしりょうにさわりはあるまい」
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
木曾路にはふじの花が咲き出すころに、彼は馬籠と福島の間を往復して、代官山村氏が名古屋表への出馬を促しにも行って来た。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
おとうとかみたいそうよろこんで、おかあさんのこしらえてくださったふじづるの着物きものくつからだにつけて、ふじづるの弓矢ゆみやちました。
春山秋山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
迷宮の林の中の小径こみちふじのからまった高壇テラース阿亭あずまやの中の腰掛など、恋しい思い出の跡を求めてはみずから苦しんだ。彼は執念深くくり返した。
里の方のものなら麻もつくったけれども、小十郎のとこではわずかふじつるで編む入れ物の外に布にするようなものはなんにも出来なかったのだ。
なめとこ山の熊 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
はらりとしずんだきぬの音で、はや入口へちゃんと両手を。肩がしなやかに袂のさきれつつたたみに敷いたのは、ふじふさ丈長たけなが末濃すえごなびいたよそおいである。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
明和めいわのむかし、この樹下に楊枝店ようじみせ柳屋やなぎやあり。その美女おふじの姿は今に鈴木春信すずきはるのぶ一筆斎文調いっぴつさいぶんちょうらの錦絵にしきえに残されてある。
宗右衛門町から通って来る娘で、紺地に白ぬきのあがふじさがふじの大がらの浴衣ゆかたを着たのが私を恍惚こうこつとさせたものだ。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
ふじの実の減りかたのはげしいのを見てもわかる。雉子は、藤の実をめて、食糧対策を講じるとじゃけ、遠方には行っとらん。もうすこし頑張ってみよう
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
是は「安倍あべ山中にて織出し、こうぞの皮をもって糸として織るものなり、又ふじを以て織るものもあり」と書いてある。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
神田明神前にささやかな水茶屋を営んで居る仁兵衛じんべえの娘お駒、国貞くにさだの一枚絵に描かれたほどの美しさで、享保明和の昔の、おせんふじにも優るだろうと言われた評判娘が
黄金を浴びる女 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
中で柳模様は好んでえがかれた画題であって、その変化が多い。この外えらばれた画はあるいは撫子なでしこ、あるいは桐、または竹、鶴、ふじ蒲公英たんぽぽ菖蒲あやめ、あるいは波、文字等。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
丹下左膳たんげさぜん土生仙之助はぶせんのすけくしまきおふじ、つづみの与吉をはじめ、多勢の連中が毎夜のように集まって来ては、ある時は何日となく寝泊りをして天下禁制てんかきんせいのいたずらがはずむ
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
すなわちある意味において女性はあくまでも弱き地位に立つもので、男は松、女はふじである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
竹にすずめは仙台せんだい侯、内藤様は下がりふじ、と俗謡にまでうたわれたその内藤駿河守ないとうするがのかみの広大もないお下屋敷が、街道かいどうばたに五町ひとつづきの築地ついじべいをつらねていたところから
千住せんじゅ辺へ出かけた時とか、または堀切ほりきり菖蒲しょうぶ亀井戸かめいどふじなどを見て、彼女が幼時を過ごしたという江東方面を、ぶらぶら歩いたついでに、彼女の家へ立ち寄ったこともあり
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その旧道にはもみ山毛欅ぶななどが暗いほど鬱蒼うっそうと茂っていた。そうしてそれらの古い幹にはふじだの、山葡萄やまぶどうだの、通草あけびだのの蔓草つるくさが実にややこしい方法でからまりながら蔓延まんえんしていた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
前の作者の筆はふじのうらで終り、すべてがめでたくなり、源氏が太上天皇にのぼった後のことは金色で塗りつぶしたのであったが、大胆な後の作者は衰運に向った源氏を書き出した。
照彦てるひこも内藤さんもこの鏡をごらんなさい。ふじやが笑うのも無理はありませんよ」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そこで、あななかからて、のいばらや、ふじづるのしたをくぐりぬけて、ぶなののところまできてみると、いつつくったか、そこには、みすぼらしいいぬでもはいりそうな小舎こやができていました。
縛られたあひる (新字新仮名) / 小川未明(著)
此のおふじと申す婦人は小栗様の娘で、幼年の折久留島くるしま様と云うお旗下へ御養女においでなすったお方で、維新になりましてからお旗下様は御商法を始めて結構なお暮しでございましても
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
浦屋うらや高尾たかおがどれほど綺麗きれいだろうが、楊枝見世ようじみせのおふじがどんなに評判ひょうばんだろうが、とどのつまりは、みめかたちよりは、おんなにおいってきゃくかようという寸法すんぽうじゃねえか。——よくきなよ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
東と南とに欄干てすりめぐり、ひさしにはまたふじの棚がその葉の青い光線から、おなじくまだ青い実のさやを幾すじも幾すじも垂らしてはいるが、そうして昼間の岐阜提灯ちょうちんにもが、風はそよともしないのである。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
「不服なものか——ふじさんも左う云つてゐたさ、得意だぞ——」
まぼろし (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
いかにせんふじ末葉すえばの枯れゆくを
と、あおむいて見ると、ちゅうとからふじづるかなにかで結びたしてある一筋ひとすじが、たしかに、上からじぶんを目がけてさがっている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その白牡丹のような白紗の鰭には更にすみれふじ、薄青等の色斑があり、更に墨色古金色等の斑点も交って万華鏡まんげきょうのような絢爛
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
三月になって、六条院の庭のふじ山吹やまぶきがきれいに夕映ゆうばえの前に咲いているのを見ても、まずすぐれた玉鬘の容姿が忍ばれた。
源氏物語:31 真木柱 (新字新仮名) / 紫式部(著)
はや、幻影まぼろしえつゝ、そのまへに、一ふじつゝじをちりばめた、大巌おほいはに、あいごとみづのぞむで、あしは、めぐらしたさくえたのを見出みいだした。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そこで彼は大井の言葉には曖昧あいまいな返事を与えながら、帳場の側に立っているおふじに、「来い」と云う相図あいずをして見せた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
またふじつるを一つまみ、みながら、もいちど森を見ましたら、いつの間にか森の前に、顔の大きな犬神みたいなものが、片っ方の手をふところに入れて
思い切って沈黙を破ることができなかった。一匹の蜂が、雨に重くなってる一房のふじの花にうっかりとまって、ぱっと水を浴びた。二人は一度に笑いだした。
前にさがふじの紋が大きく書いてありました。下り藤は自分の家と同じ紋であるから兵馬は、なんの気なしにそれを見ると、その下に小泉と記してありました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いよいよ女神めがみいえまえまでますと、着物きものからくつから弓矢ゆみやまで、のこらず一にぱっと紫色むらさきいろふじはなして、それはにかいたようなうつくしい姿すがたになりました。
春山秋山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
そこここの道の狭いところには、雪をかきのけ、木をって並べ、ふじづるでからめ、それで道幅を補ったところがあり、すでに橋の修繕まで終わったところもある。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
浅草あさくさ駒形こまがた兄哥あにい、つづみの与吉とともに、彼の仲間の大姐御おおあねご、尺取り横町の櫛巻くしまきふじの意気な住居に、こけ猿、くだらないがらくたのように、ごろんところがっているんです。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「木場の廻船問屋、増田屋惣兵衛ますだやそうべえの娘、ふじと申します」
礫心中 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「湯島天神下のふじというのでござるわ」
今朝けさもずいぶん酔ったふうをお作りになって、ふじの花などをかざしにさして、風流な乱れ姿を見せておいでになるのである。
源氏物語:24 胡蝶 (新字新仮名) / 紫式部(著)
そよ風のうごくたびに、むらさきの波、しろい波、——恵林寺えりんじうらのふじの花が、今をさかりな、ゆく春のひるである。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほしいのは——もしか出来たら——偐紫にせむらさき源氏雛げんじびな、姿も国貞くにさだ錦絵にしきえぐらいな、花桐はなぎりを第一に、ふじかた、紫、黄昏たそがれ桂木かつらぎ、桂木は人も知った朧月夜おぼろづきよの事である。
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それからおとうとかみは、ふじはないた弓矢ゆみや少女おとめ居間いままえにたてかけておきますと、少女おとめが出がけにそれをつけて、ふしぎにおもいながら、きれいなものですから
春山秋山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
元より悪戯好いたずらずきな御同輩たちは、半信半疑でいらっしゃりながら、早速御姫様の偽手紙をこしらえて、折からのふじの枝か何かにつけたまま、それを左大弁様の許へ御とどけになりました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ふじ、あやめ、菊、はす。桜もかえでも桃も、次ぎ次ぎに季節々々の盛りを見せた。寺の周囲を見事、極楽画の一部にかたどり、結構華麗に仕立て上げた。けれども宗右衛門の心は矢張り慰まなかつた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
道の狭いところには、木をって並べ、ふじづるでからめ、それで街道の狭いのを補った。長い間にこの木曾路に起こって来た変化は、いくらかずつでも嶮岨けんそな山坂の多いところを歩きよくした。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
宇津木文之丞は生年二十七、さがふじ定紋じょうもんついた小袖に、たすきあやどり茶宇ちゃうの袴、三尺一寸の赤樫あかがしの木刀に牛皮のつば打ったるを携えて、雪のような白足袋に山気さんきを含んだ軟らかな広場の土を踏む。