“然(し)” の例文
不思議と云ふやうな大袈裟な言葉を最初に使つて置いて、淡い戯れのやうで然(し)かも心から消し難い昔の恋人を軽く思ひ出した作である。
註釈与謝野寛全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
これも何者かに命ぜられて然(し)かく寐(ね)入つて居るらしい、起してはならないやうに思はれ、アヽ復(また)横になつて、足を屈(かが)めて、目を塞(ふさ)いだ。
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そりや、婆(ばあ)や、お前が日常(いつも)言ふ通り、老少不常なんだから、何時(いつ)如何(どんな)ことが起るまいとも知れないが、然(し)かし左様(さう)心配した日には
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
然(し)かのみならず、その教えの主義たるや、ややもすれば政治論に混同して重きを政治に置き、これに関する徳義は固(もと)より公徳なるが故に
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
われ/\は子供(こども)の時分(じぶん)には然(し)か教(をし)へられた。最初(さいしよ)の地震(ぢしん)を感(かん)じたなら、搖(ゆ)り戻(もど)しの來(こ)ない中(うち)に戸外(こがい)へ飛出(とびだ)せなどと戒(いまし)められたものである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
然(し)かも一首に「らむ」という助動詞を二つも使って、流動的歌調を成就(じょうじゅ)しているあたり、やはり人麿一流と謂(い)わねばならない。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
古(いにしえ)は官吏尊くして庶民卑しかりき。これ事実の上において然りしのみならず理論の上においてまた然(し)か思へりしなり。
従軍紀事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
本人にいわせると、悪酔いしてもどしたからだと、いっていますがいくら僧侶でも一人、然(し)かも知人を殺(あや)めたのでは、常態ではいられなかったと思います。
雪 (新字新仮名) / 楠田匡介(著)
恁(か)ういふ理由(わけ)で比較的(ひかくてき)餘裕(よゆう)のある百姓(ひやくしやう)よりも貧乏(びんばふ)な百姓(ひやくしやう)は十分(ぶん)早(はや)く然(し)かも數次(しば/″\)其(そ)の新鮮(しんせん)な蔬菜(そさい)を味(あぢあ)ふのである。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
然(し)かも、競子の良人が死んだとしても、彼は競子と結婚出来るかどうかさえ分らないのだった。いや、それより、彼は今は自分の職業さえ失っているのである。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
果してしからばこのオシラ神を祭れる旧家は、当然蝦夷の遺孽として見るべきかとの問題が起ってきそうであるが、余輩は必ずしも然(し)か考えるの必要を認めない。
然(し)かも総赤ぬりで、軒の上に天狗の面とおかめの面とをならべて、其間に「勿驚(おどろくなかれ)煙草税金たった百万円」
新古細句銀座通 (新字新仮名) / 岸田劉生(著)
否(い)や然(し)からず舊(むかし)をいはば三千石(ごく)の末流(まつりう)なりといふ、さらば旗下(はたもと)の娘御(むすめご)にや、親御(おやご)などもおはさぬか、一人(ひとり)住(ず)みとは痛(いた)はしきことなりと、早(はや)くも其(その)の人(ひと)不憫(ふびん)になりぬ
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
更に最終工程を便ならしめるための為めの器具を準備するために用いられる労働もまた然(し)かする
けれど足音は彼が今来た道筋を辿って来る以上、後退は殆(ほと)んど不可能に等しかった。然(し)かも出口としては、その扉(ドア)以外にない。残る手段は——彼は衣嚢から棍棒を取出した。
赤い手 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかしながら信教の自由は文明の通義であるからして、この通義に背かぬように、然(し)かも文明の統一を失わぬがためには、宗教以外にあるものを要するは明白な道理である。
日本の文明 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
わが然(し)か言ひしは常識哲學の事にあらず、造化人間の事をこの物によりて料理せむとせしにあらず、われは我が記實の務をなすに當りて、公平なる着眼によらむといふのみ
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
姫、まことに仰せの如くに侍り、けふ午(ひる)の食卓にて、アントニオが語りし時より然(し)かおもひ侍りきと答へ給ふ。その語調はいと温和にて、怨み憤る色もなく辨(わきま)へ難ずる色もなし。
一般に現実を回避することによって思想の高貴さを示そうとする者は、ただ単に然(し)か自己を粧うのみであり、かえってたまたま彼の思索の怯懦と怠慢とを暴露するにほかならない。
マルクス主義と唯物論 (新字新仮名) / 三木清(著)
一杯の水を飲もうとしても数百年前に出来た古い井戸の滑車を五分間も廻さなければ汲み出せないの然(し)かも濁った水よ。駅や小学校の控室には飲用水の代りに葡萄酒が備えてあるの。
母と娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
然(し)かし能(よ)くしたもので、その翌日少女(むすめ)の顔を見ると平常(ふだん)に変っていない、そしてそのうっとりした眼に笑(えみ)を含んで迎えられると、前夜からの心の苦悩は霧のように消えて了いました。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
右は呉一郎本人も、然(し)かく信じおれるが如くなるも、這(こ)は睡眠中の感覚作用と、覚醒時の知覚作用とを同一視せるより出でたる誤解にして、甚だ軽率なる判断なりと認むるに躊躇(ちゅうちょ)せず。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
熊野なる鰹の頃に行きあひしかたりぐさぞも然(し)かと喰(を)せこそ
熊野奈智山 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
雲塊(うんくわい)は雲塊と触れとどろけり然(し)か思ふは我の澄みゆくならむ
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
母は泣きつゝ斯く陳ず、然(し)かはあれどもヘクト,ルの
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
新橋から新銭座まで凡(およ)そ十丁もある。時刻はハヤ一時過ぎ、然(し)かもその夜は寒い晩で、冬の月が誠に能(よ)く照して何となく物凄い。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「——課長」吾妻の声は震(ふる)へり「川地さん、——然(し)かし篠田は覚(さと)つて居るらしいのです、慥(たしか)に覚つて居るらしいのです」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
然(し)かもこれは象徴歌で、向日葵は恋を云ひ、静かな青玉の壺に自己の心境を托したものなのである。中年の落ちついた男の恋と盛んな女の恋の形である。
註釈与謝野寛全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
「路(みち)遠み来じとは知れるものからに然(し)かぞ待つらむ君が目を欲(ほ)り」(巻四・七六六)の「ものからに」も同様で、おいでにならないとは承知していますのに
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
彼等(かれら)は忙(いそが)しく手(て)を動(うご)かして居(ゐ)ると共(とも)に聲(こゑ)を殺(ころ)してひそ/\と然(し)かも力(ちから)を入(い)れて笑語(さゞめ)いた。彼等(かれら)は戸外(こぐわい)の聞(きこ)えを憚(はばか)らぬならば興味(きようみ)に乘(じよう)じて放膽(はうたん)に騷(さわ)ぐ筈(はず)でなければならぬ。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
門閥家(いゑがら)なる我が薄井の聟とも言ひがたく嫁にも遣(や)りがたし、よし恋にても然(し)かぞかし、無き名なりせば猶(なほ)さらのこと、今よりは構へて往来(ゆきき)もし給ふな、稽古もいらぬ事なり
雪の日 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
多くの点に於いて然(し)かく劣等なりとするも、それは主として一般社会の多年の圧迫が、彼らを駆りてここに至らしめたるものにこれ有り候うは、疑いを容れざるところに候う。
良(やゝ)時(とき)を經(へ)て乘客(じようかく)は、活佛(くわつぶつ)——今(いま)新(あら)たに然(し)か思(おも)へる——の周圍(しうゐ)に集(あつま)りて、一條(いちでう)の法話(ほふわ)を聞(き)かむことを希(こひねが)へり。漸(やうや)く健康(けんかう)を囘復(くわいふく)したる法華僧(ほつけそう)は、喜(よろこ)んで之(これ)を諾(だく)し、打咳(うちしはぶ)きつゝ語出(かたりいだ)しぬ。
旅僧 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
おん身若し扶(たす)け起し給はずば、わが怪我はいかなりけん。されば我はおん身の恩を荷(にな)へり。父母も然(し)か思ひて、御身のいちはやく救ひ給ひしを感じ給ひぬ。獨り此事のみにはあらず。
然(し)かもこの西の方、印度(インド)、支那、朝鮮から来たものと、東の方、欧羅巴(ヨーロッパ)、亜米利加(アメリカ)から来たものとは、その発達の外形様式こそ異なりたれ、その発祥の地を一にし、その根本精神の同一なる文明
日本の文明 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
然(し)かく宣んして疾風の早きイーリス立ち去れば
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
然(し)かのみならず、自分より下に向(むかっ)て威張れば上に向ては威張られる。鼬(いたち)こっこ鼠(ねずみ)こっこ、実に馬鹿らしくて面白くない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「然(し)かし、貴様、剛造の様な食慾無情の悪党に、彼(あゝ)いふ令嬢(むすめ)の生まれると云ふのは、理解すべからざることだよ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
それゆえ、この歌に応(こた)えた、「檀越(だむをち)や然(し)かもな言ひそ里長(さとをさ)らが課役(えつき)徴(はた)らば汝(なれ)も半(なから)かむ」(巻十六・三八四七)という歌の例と、万葉にただ二例あるのみである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
人間である以上、然(し)かもあの境遇にゐる以上持つてゐない筈(はず)のない悲みを忘れたやうに感じないやうに馬上から薔薇の花を撒いて居る曲馬乗りの女よと云つてある。
註釈与謝野寛全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
そして泥工或いは埿部の如き賤職に従事したものは、これと同一階級の身分なるが故に、通じて然(し)か呼んだものか、或いは泥工の徒が同時に駆使に任じたものであったと思われる。
賤民概説 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
然(し)か宣給(のたま)へど、接吻をばわれ博し得たり。渠(かれ)。そは固(もと)よりなり。されどわれを始終繼子(まゝこ)たりしものとな思ひそ。われ。繼子たりしや否やは知らず。唯だ繼子らしかりしは事實なり。渠。
然(し)かはあれども御使者(おししや)歸路(きろ)につき給(たま)ひし後(のち)、身(み)を投(な)げ出(だ)しての詞(ことば)今(いま)も忘(わす)れ難(がた)し、御身(おんみ)は竹村(たけむら)を床(ゆか)しと覺(おぼ)すか、緑(みどり)どのとやら慕(した)はしく思(おも)ひ給(たま)ふか、さらばいか斗(ばか)り雪三(せつざう)憎(にく)しと覺(おぼ)すなるべし
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
譬(たとへ)て見(み)れば彼等(かれら)は狹(せば)いとはいひながら跳(はね)ては越(こ)せぬ堀(ほり)を隔(へだ)てゝ、然(し)かも繁茂(はんも)した野茨(のばら)や川楊(かはやなぎ)に身(み)を沒(ぼつ)しつゝ女(をんな)の軟(やはら)かい手(て)を執(と)らうとするのである。其(そ)れは到底(たうてい)相(あひ)觸(ふ)れることさへ不可能(ふかのう)である。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
これは何故に然(し)かるかというと、即ち共同の精神が薄弱になったためである。中心を失っているからである。分業は漸次盛んになるが、如何に分業が盛んに行われようともその中心を失うと大変だ。
始業式に臨みて (新字新仮名) / 大隈重信(著)
然(し)かく英武のアキリュウス頭(とう)より光空に射る
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
何でも有らん限りの物を見ようと計(ばか)りして居る、ソレが役人連の目に面白くないと見え、殊(こと)に三人とも陪臣(ばいしん)で、然(し)かも洋書を読むと云うから中々油断をしない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
今世(こんせ)の主君(きみ)にも未來(みらい)の主君(きみ)にも、忠節(ちうせつ)のほど顯(あら)はしたし、然(し)かはあれど氣遣(きづか)はしきは言葉(ことば)たくみに誠(まこと)少(す)くなきが今(いま)の世(よ)の常(つね)と聞(き)く、誰人(たれびと)か至信(ししん)に誠實(せいじつ)に、我(わ)が愛敬(けいあい)する主君(きみ)の半身(はんしん)となりて
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
然(し)か考えたることありしが、今にして思うにしからず。
武士を夷ということの考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
どうか然(し)かることを望むのである。