小家こいえ)” の例文
はたと、これに空想の前途ゆくてさえぎられて、驚いて心付こころづくと、赤楝蛇やまかがしのあとを過ぎて、はたを織る婦人おんな小家こいえも通り越していたのであった。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
福地のやしきの板塀のはずれから、北へ二三軒目の小家こいえに、ついこの頃「川魚」と云う看板を掛けたのがある。僕はそれを見て云った。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
せんと云う下女が来て、昨夕ゆうべ桂川かつらがわの水が増したので門の前の小家こいえではおおかたの荷をこしらえて、預けに来たという話をした。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そしてそこいらの或小家こいえのところまで来ますと、さもかえるところまでかえったというように、その家のうしろの方へのそのそはいっていきました。
やどなし犬 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
と立ちつづく小家こいえの前で歌ったが金にならないと見たか歌いもおわらず、元の急足いそぎあし吉原土手よしわらどての方へ行ってしまった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それもボルドーや、ツールーズや、リヨンなどにくらべては、ずっとびんぼうらしいあわれな小家こいえばかりであった。
素戔嗚は言下ごんかに意を決すると、いきなり相手を引っ立てながら、あの牛飼いの若者がたった一人住んでいる、そこを余り離れていない小家こいえの方へ歩き出した。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
路次の中へ路次が通じて迷図めいずのように紛糾した処には、一二年前まで私娼のいた竹格子たけごうしの附いた小家こいえが雑然とのきを並べていたが、今は皆禁止せられて、わずかに残った家は
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
波濤はとうがあの小家こいえを撃ち、庭の木々がきしめく時、沖を過ぎる舟の中の、心細い舟人は、エルリングが家の窓かられる、小さいともしびの光を慕わしく思って見て通ることであろう。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
お島はその時、もらの小娘を手かけにおぶって、裏の山畑をぶらぶらしながら、道端の花をんでやったりしていた。この町でも場末の汚い小家こいえが、二三軒離れたところにあった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
て世捨人になったお若さんでげすが、伯父の晋齋に頼みまして西念寺さいねんじわきに庵室とでも申すような、膝をれるばかりな小家こいえを借り、此処こゝへ独りで住んで行いすまして居りまする。
二人は湖水にぴったり食っ付いている小家こいえを借りた。本当の村とは離れて、一列の家が水に沿うて立てられていて、それがしまいには離れ離れになっている、その一番はしの一軒である。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
そのとき、わたくしはふと、そのへんに一けん、小家こいえをみつけました。
前に夏の部で評釈した句「五月雨さみだれ御豆みず小家こいえ寝醒ねざめがち」
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
気の置けない、のん気な小家こいえを立てさせましょう。10170
一、 門前の小家こいえもあそぶ冬至かな 凡兆ぼんちょう
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
小家こいえがちょっと両側に続いて、うんどん、お煮染にしめ御酒おんさけなどの店もあった。が、何処どこへも休まないで、車夫わかいしゅは坂の下でくるまをおろした。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これは初め商売を始めようと思って土著どちゃくしたのではなく、唯稲葉いなばという家の門の片隅に空地くうちがあったので、そこへ小家こいえを建てて住んだのであった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そういう小家こいえの曲り角の汚れた板目はめには売薬と易占うらないの広告にまじって至るところ女工募集の貼紙はりがみが目についた。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
人に見棄みすてられた家と、葉の落ち尽した木立こだちのある、広い庭とへ、沈黙が抜足をして尋ねて来る。その時エルリングはまた昂然として頭を挙げて、あの小家こいえの中のたくっているのであろう。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
彼はずるずる若者を引きずりながら、とうとう目ざす小家こいえまで来た。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
うぐいすのあちこちとするや小家こいえがち 蕪村
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
寝息も聞えぬ小家こいえあまた、水に臨んだ岸にひょろひょろとした細くって低い柳があたかも墓へ手向けたもののように果敢はかなく植わっている。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今一つは無縁坂の中程にある小家こいえである。それは札も何も出ていなかったが、売りに出たのを聞いて見に行った。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
川添いの小家こいえの裏窓から、いやらしい姿をした女が、文身ほりものした裸体はだかの男と酒をんでいるのが見える。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
うぐいすのあちこちとするや小家こいえがち
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
麓路ふもとじ堤防どてとならびて、小家こいえ四五軒、蒼白あおじろきこの夜の色に、氷のなかにてたるが、すかせば見ゆるにさも似たり。月は峰の松のうしろになりぬ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
茂った竹藪や木立こだちの蔭なぞに古びた小家こいえの続く場末の町の小径こみちを歩いて行く時、自分はふいと半ば枯れかかった杉垣の間から、少しばかり草花を植えた小庭の竹竿に
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
渋江氏が亀沢町に来る時、五百はまた長尾一族のために、もと小家こいえを新しい邸にうつして、そこへ一族をすまわせた。年月ねんげつつまびらかにせぬが、長尾氏の二女の人に嫁したのは、亀沢町に来てからの事である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
片側は、右のその物置に、ただ戸障子を繋合つなぎあわせた小家こいえ続き。で、一二軒、八百屋、駄菓子屋の店は見えたが、からすらなければ犬も居らぬ。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
当時凌雲閣の近処には依然としてそういう小家こいえがなお数知れず残っていたが、震災の火に焼かれてその跡を絶つに及び、ここに玉の井の名が俄に言囃いいはやされるようになった。
寺じまの記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「お遊びな、一所いつしよにお遊びな。」とせまりて勧めぬ。小家こいえあちこち、このあたりに住むは、かたゐといふものなりとぞ。風俗少しく異なれり。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
しかし柳畠にはもう別荘らしい門構もなく、また堤には一本の桜もない。両側に立ち続く小家こいえは、堤の上に板橋をかけわたし、日満食堂などと書いた納簾のれんを飜しているのもある。
寺じまの記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
小家こいえあちこち、このあたりに住むは、かたいというものなりとぞ。風俗少しく異なれり。どもが親達の家富みたるもきぬ着たるはあらず、大抵跣足はだしなり。
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その木陰こかげ土弓場どきゅうば水茶屋みずぢゃや小家こいえは幾軒となく低い鱗葺こけらぶきの屋根を並べているのである。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この川沿かわぞいは、どこもかしこも、蘆が生えてあるなれど、わし小家こいえのまわりには、またいこう茂ってござる。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
門口かどぐちに柳のある新しい二階家からは三味線が聞えて、水に添う低い小家こいえ格子戸外こうしどそとには裸体はだかの亭主が涼みに出はじめた。長吉はもう来る時分であろうと思って一心いっしんに橋向うを眺めた。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
かつ溝川みぞがわにも、井戸端にも、傾いた軒、崩れた壁の小家こいえにさえ、大抵たいてい皆、菖蒲あやめ杜若かきつばたを植えていた。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その理由はただに男女相思の艶態に恍惚たるがためのみにあらず、人物と調和せるその背景が常に清洒せいしゃなる小家こいえ内外ないがいを描き、格子戸こうしど小庭こにわ欞子窓れんじまどよりまくら屏風びょうぶ長火鉢ながひばち箱梯子はこばしごかまど等に至るまで
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
くれないあけぼの、緑の暮、花のたかどの、柳の小家こいえ出入ではいりして、遊里にれていたのであるが、可懐なつかしく尋ね寄り、用あって音信おとずれた、くさきざきは、残らずかかえであり、わけであり
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
此方こなたは土管、地瓦ちがわら、川土、材木などの問屋が人家の間にやや広い店口を示しているが、堀の幅の狭くなるにつれて次第に貧気まずしげ小家こいえがちになって、夜は堀にかけられた正法寺橋しょうほうじばし山谷橋さんやばし地方橋じかたばし
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
うっすりとひさしを包む小家こいえの、紫のけぶりの中もめぐれば、低く裏山の根にかかった、一刷ひとはけ灰色のもやの間も通る。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
むかし土手の下にささやかな門をひかえた長命寺ちょうめいじの堂宇も今はセメントづくり小家こいえとなり、境内の石碑は一ツ残らず取除かれてしまい、うし御前ごぜんの社殿は言問橋ことといばしの袂に移されて人の目にはつかない。
水のながれ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
砂山を細く開いた、両方のすそが向いあって、あたかも二頭の恐しき獣のうずくまったような、もうちっとで荒海へ出ようとする、みちかたえに、がけに添うて、一軒漁師の小家こいえがある。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私はただ古びた貧しい小家こいえつづきの横町よこちょうなぞを通りすぎる時、ふと路のほとりに半ば崩れかかった寺の門を見付けてああこんな処にこんなお寺があったのかと思いながら、そっとその門口もんぐちから境内けいだいうかが
するとその豆腐の桶のあるうしろが、蜘蛛くもの巣だらけの藤棚で、これを地境じざかいにして壁もかきもない隣家となり小家こいえの、ふちに、膝に手を置いてうずくまっていた、とおばかりも年上らしいおばあさん。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ついて右へ廻るといきな格子戸の内に御神燈をつるしたのがあるが、あらず、左へ向うと、いきなり縁側になって、奥の石垣が見透みとおされる板屋根の小家こいえがある、そこが引越先であった。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
右手に大溝おおどぶがあって、雪をかついで小家こいえが並んで、そして三階づくりの大建物の裏と見えて、ぼんやりあかりのついてるのが見えてね、刎橋はねばしが幾つも幾つも、まるでの花おどしよろいの袖を、こう
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こみちを挟んで、水に臨んだ一方は、人の小家こいえ背戸畠せどばたけで、大根も葱も植えた。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
意気な小家こいえ流連いつづけの朝の手水ちょうずにも、砂利を含んで、じりりとする。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)