鼠坂ねずみざか)” の例文
「それから取っ組み合いが始まったが、恐ろしく強い野郎で、その上匕首あいくちを持ってやがる。切尖きっさきけるはずみに、鼠坂ねずみざか逆落さかおとしだ」
小日向こびなたから音羽おとわへ降りる鼠坂ねずみざかと云う坂がある。鼠でなくては上がり降りが出来ないと云う意味で附けた名だそうだ。
鼠坂 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
居住者として町をながめるのもその春かぎりだろうか、そんな心持ちで私は鼠坂ねずみざかのほうへと歩いた。毎年のように椿つばきの花をつける静かな坂道がそこにある。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その鼠は、あの敏捷びんしょうさをもってしても、このぬらぬらした急坂を駈けのぼることができないで、いたずらにあえいでいる——これが鼠坂ねずみざかという名のついたいわれであった。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「そう言えば、鼠坂ねずみざか椿つばきが咲いていたよ。今にもうおれの家の庭へも春がやって来るよ。」
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
小石川こいしかわ音羽おとわに近く、鼠坂ねずみざかという有名な坂があった。その坂は、音羽の方から、小日向台町こひなただいまちの方へ向って、登り坂となっているのであるが、道幅が二メートルほどの至って狭い坂だった。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私が五十日あまりの病床から身を起こして、発病以来初めての風呂ふろを浴びに、鼠坂ねずみざかから森元町もりもとちょうの湯屋まで静かに歩いた時、兄弟きょうだい二人ふたりとも心配して私のからだを洗いについて来たくらいだ。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それは、いつか鼠坂ねずみざか心霊しんれい実験会で逢い、それからのち、真夜中の銀座裏で突飛とっぴな質問を浴せかけたあの神田仁太郎という怪青年に瓜二つの顔だったから。しかし、あれは日本での出来ごとだった。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)