くろ)” の例文
今は秋陰あんとして、空に異形いぎょうの雲満ち、海はわが坐す岩の下まで満々とたたえて、そのすごきまでくろおもてを点破する一ぱんの影だに見えず。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
崖下のくろい水も、何かわめきながら、高股になって、石をまたぎ、抜き足して駈けている。崖の端には、車百合の赤い花が、ひときわ明るく目立つ。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
眼の縁はうすくくろずんだけれど、哀愁をたたえた底知れぬ深さの碧眼あおめが不釣合なほど大きく見えて、それが僅かに顔の全体を明るくしているようだ。
碧眼 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
桂子はこの鋼鉄の廊門のやうな堅く老いくろずんだ木々の枝に浅黄色の若葉が一面に吹き出てゐる坂道に入るとき、ふとゴルゴンゾラのチーズを想ひ出した。
花は勁し (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
中には活々いき/\青草あをくさえている古いくづれかけた屋根を見える。屋根は恰で波濤なみのやうに高くなツたり低くなツたりして際限さいげんも無く續いてゐた。日光の具合で、處々光ツて、そしてくろくなツてゐる。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
ただその余りに蒼白くなった手の皮膚や、紫色に変色した爪や、かっと見ひらいた両眼、気味わるく歯をあらわしているくろずんだ唇——それ等のものが永久の眠りを語っているのだ。
青蠅 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
何ともわからぬ一種の音——蜂の巣のそばで聞く羽音のような音がした——と思っているうちに死人のくろずんだ口腔くちうちから、羽のぎらぎら光った大きな青蠅が一匹、ついと飛びだした。
青蠅 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
彼女は床づいていて、真蒼な不安な顔をして、眼のふちがくろずんで鼻がとんがり、唇は乾ききって、髪はぐったりと崩れていました。すべての様子が、病院でしばしば見る重病患者にそっくりでした。
麻酔剤 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)