まゆ)” の例文
「そう……」と、さすがほっとまゆを夜空にいこわせた。星ばかりである。遠くには別府の火の手が海風にあおられているのが見えた。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのあかるいまゆが、ふと義貞に、ゆうべのある一ときにひそめた黛を思い出させた。たましいは人形にうちこまれ、彼女は人間に返っている。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひとりの男の小脇に抱えられた彼女の顔は、まゆをふさぎ、眼をとじて、何の苦悶のさまもない。白いえり首が、だらりと黒髪に巻かれていただけである。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寵姫ちょうきの三位ノ局廉子やすこも、吉田定房の名を聞くのさえ、「裏切り者」へのさげすみと「密告者」という憎しみに、身もくようなまゆをちらと、みかどへ、して見せた。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
昼の御座ぎょざであった。彼女は人なき折をみてついに胸の火ぶたを切った。その顔いろには後醍醐もハッとされたふうである。まったく、いつもとちがう廉子のまゆであったからだ。
そしていきなり白いあごや泣いているまゆへ、強い頬ずりを降るような烈しさで与えた。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひとり三位ノ局廉子やすこだけは泣きもしない。泣く以上なものをじいんとまゆに耐えている白い顔なのだ。きッと結んだままなくちも風雪に抵抗する冬牡丹ふゆぼたんのつぼみのべにを置いたようである。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
姫のまゆである、唇である、黒髪である、どうしても打ち消すことができなかった
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、そのまゆや唇は、男の立場のくるしみを、揶揄やゆで撫でているかげがあった。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
十四初めてまゆを描き、十五すでに簾裡れんりもすそを曳く——と、玉の輿こしを羨まれた彼女も、ことし二十三、はやくも両の乳に三児を抱いて、住むに家もなく、大悲の御廂みひさしにこの寒空の夜をしのごうとは
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)