顎髭あごひげ)” の例文
「あなたは、あまりに興奮し過ぎる。あなたはもっと現実を見なければいけない」顎髭あごひげたくわえた五十近い艦長は、若者をなだめるようにいった。
船医の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
通りすがりに、何の気なしに中を覗いて見ると、つい鼻先きの寝台の上に、若い男の、薄い顎髭あごひげを生やした、ろうのような顔が仰向いているのがちらりと見えた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
老教授の半白の顎髭あごひげが細かくふるえているのは、五尺もはなれている判事の眼にもはっきりわかった。
予審調書 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
肩幅の広い、ガッシリした六十余歳の、常に鼠色の洋服を着て、半ば白くなった顎髭あごひげをもじゃもじゃとのばして、両手でこれをひらいている。会堂の両側は硝子窓ガラスまどである。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
イタリア・メドナ大学の有名な動物学の、この先生はなにものを待っているのだろう⁈ れきって顎髭あごひげからはポタリポタリと汗をたらし、この醞気うんきに犬のようにあえいでいる。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ある日忘れて来た袱紗ふくさだとか、晴雨兼用のかさなどを取りに行くと、均平はちょうど、風邪かぜの気味でせっていたが、身辺が何だか寂しそうで、顎髭あごひげがのび目も落ちくぼんで、哀れに見えた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ただ、父と論じあったので板倉中いたくらちゅうという人の、赤ら顔の、小肥こぶとりの顎髭あごひげのある顔と、ずんずら短い姿と名を覚えている。この時も、正面の桟敷さじきにいたが、大きな声をするので私は閉口していた。
兄というのは四十近い、ふとった顎髭あごひげの沢山にある脊の低い男で大工である。いつも笑顔をしているが、これで弟などには情合じょうあいが薄いと聞いていた——彼の母親は見つからない。
黄色い晩 (新字新仮名) / 小川未明(著)