錨綱いかりづな)” の例文
半年ほどの交渉のうちに、若い画家は、かの女の持つ稀有けうの哀愁を一生錨綱いかりづなにして身に巻きつけ、「真面目まじめなるもの」に落付きいといひ出した。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
舳のむこうづらに垂れさがっている錨綱いかりづなをつたってスルスルとのぼって行き、身軽に前口まえぐちへ飛びこんだが、それっきりいつまでたっても出て来ない。
顎十郎捕物帳:13 遠島船 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
平三はともづなを解いて舟に乗るや否やを取つた。父はへさき錨綱いかりづなを放してさをを待つた。艪のさきで一突きつくと、舟がすつと軽く岸を離れた。平三は艪に早緒をかけた。
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
木が茂って松蘿さるのおがせが、どの枝からも腐った錨綱いかりづなのようにぶら下っている、こればかりではない、葛、山紫藤やまふじ、山葡萄などの蔓は、木々の裾から纏繞まといついてみどりの葉を母木の胸にかざ
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
あおい炎の息を吹いても、素奴しゃつ色の白いはないか、袖のあかいはないか、と胴の狭間はざま、帆柱の根、錨綱いかりづなの下までも、あなぐり探いたものなれども、孫子まごこけ、僧都においては
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
錨綱いかりづなをもこれを一筋一筋の糸に分かち、大事をもこれを小さな成分成分に分かつ時には、その一つ一つを切ってゆくことは容易であって、なんだこれだけのものか! という感じを与える。