耄碌まうろく)” の例文
「火鉢にあたるやうな暢気な対局やおまへん。」と自分から強く言ひだした詞を、うつかり忘れてしまふくらゐ耄碌まうろくしてゐたのか。
聴雨 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
人を莫迦ばかにするのも、好い加減におし。お前は私を何だと思つてゐるのだえ。私はまだお前にだまされる程、耄碌まうろくはしてゐない心算つもりだよ。
アグニの神 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ロダン翁は老齢とし所為せゐで少し日常の事には耄碌まうろくの気味だから、逢ふ度に初対面の挨拶をしたり以前の話を忘れて居たりして訪客はうかくを困らすが
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
かうして朝の台所が一形ひとかたつく頃は大抵九時であつた。半ば耄碌まうろくしかけてゐる老父は毎日のやうに遠くの町の薬湯へ握り飯を持つて出かけて行つた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
少し耄碌まうろくしてゐる上に耳が遠く、何を言つても要領を得ず、さすがの平次も持て餘して居るところへ、聞き兼ねた樣子で、奧から女主人のみさをが出て來ました。
わしのやうな耄碌まうろくを捕まへてからに、ヘルバロトが何うの、ペスタ何とかが何うの、何段教授法だ児童心理学だと言つたところで何うなるつてな。いろはのいは何う教へたつていろはのいさ。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「はあ耄碌まうろくしてたんでがすから、あんまり耄碌まうろくしちやがられあんすかんね」
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
窓にりて見送り居たる松島は舌打ちつ「淫乱爺いんらんおやぢ耄碌まうろくツ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
山田次郎吉やまだじろきちは六十を越しても、まだ人様ひとさまのゐられる前でへどを吐くほど耄碌まうろくはしませぬ。どうか車を一台お呼び下さい。」
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
源太郎は少し耄碌まうろくした、首を振ります。
もつとも物さかんなれば必ず衰ふるは天命なれば、余り明治大正の間に偉い歌よみが出過ぎた為にそれ等の人人の耄碌まうろくしたり死んでしまつたりしたのちの短歌は月並みになつてしまふかも知れぬ。
又一説? (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「親分。あのね、お豊といふ取上婆さんには弱りましたよ。すつかり耄碌まうろくして何んにも判らないが、扱つた子供のことなら、書いたものがあるから明日の朝來てくれ、十七八年前のものでは急には見つからないし、夜は眼が惡くて見えないから——と言ふんで」