砂埃すなほこ)” の例文
けれどもそれは不幸にも彼が漢口ハンカオへ向ふ為に旅館を出てしまつたところだつた。彼女は妙に寂しさを覚え、やむを得ず又人力車に乗つて砂埃すなほこりの中を帰つて行つた。
貝殻 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
生温なまぬるく帽を吹く風に、額際ひたいぎわから煮染にじみ出すあぶらと、ねばり着く砂埃すなほこりとをいっしょにぬぐい去った一昨日おとといの事を思うと、まるで去年のような心持ちがする。それほどきのうから寒くなった。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
当日ははげしい黄塵こうじんだった。黄塵とは蒙古もうこ春風しゅんぷう北京ペキンへ運んで来る砂埃すなほこりである。
馬の脚 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
保吉はこの断崖の下をぼんやり一人ひとり歩いて行った。三十分汽車にられたのち、さらにまた三十分足らず砂埃すなほこりの道を歩かせられるのは勿論永久の苦痛である。苦痛?——いや、苦痛ではない。
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
落ち葉の散らばった玄関には帽子ぼうしをかぶらぬ男が一人、薄明うすあかりの中にたたずんでいる。帽子を、——いや、帽子をかぶらぬばかりではない。男は確かに砂埃すなほこりにまみれたぼろぼろの上衣うわぎを着用している。
馬の脚 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)