まぶち)” の例文
「どこから。」といって勇美子は嬉しそうな、そしてつむりを下げていたせいであろう、耳朶みみもとに少し汗がにじんで、まぶちの染まった顔を上げた。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
『あゝ。』と細君は襦袢じゆばんの袖口でまぶちを押拭ふやうに見えた。『父さんのことを考へると、働く気もなにも失くなつて了ふ——』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
阿母かあさんに度々起されて、しどけない寝衣姿ねまきすがたで、はぎの露わになるのも気にせず、眠そうなかおをしてふらふらと部屋を出て来て、指の先で無理に眼を押開け、まぶちの裏を赤く反して見せて
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
今朝けさ見ると彼女の眼にどこといって浪漫的ロマンてきな光は射していなかった。ただ寝の足りないまぶちが急にさわやかな光に照らされて、それに抵抗するのがいかにもものういと云ったような一種の倦怠けたるさが見えた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
はだへの皺は繁くして、縮めたる網の如し。黒き瞳はまぶちめん程なり。
細君は襦袢じゆばんの袖口でまぶちを押拭ひ乍ら、勝手元の方へ行つて食物くひもの準備したくを始める。音作の弟は酒を買つて帰つて来る。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
トいわれて文三は漸くこうべもたげ、莞爾にっこり笑い、その癖まぶち湿うるませながら
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
克く見れば、奥様は両方のまぶち泣腫なきはらして居る。唯さへ気の短い人が余計に感じ易く激し易く成つて居る。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)