畏懼いく)” の例文
ああ果たしてしからんか、あるいは孤独、あるいは畏懼いく、あるいは苦痛、あるいは悲哀にして汝を悩まさん時、汝はまさにわがこの言をおもうべし。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
恐らく今度も、矛盾撞着が針袋のように覆うていて、あの畏懼いくと嘆賞の気持を、必ずや四度よたび繰り返すことであろう。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
自分のまわりを眺めたときのあの、畏懼いくと、恐怖と、嘆美との感じを、私は決して忘れることはありますまい。
「まことに我われの怠慢で申し訳がない」心から畏懼いくするように、寒風のなかで彼等はなんども汗を拭いた。
野分 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
裏面から観察するとすれば酔漢の妄語もうごのうちに身の毛もよだつほどの畏懼いくの念はあるはずだ。元来諷語ふうご正語せいごよりも皮肉なるだけ正語よりも深刻で猛烈なものである。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
当時も四、五羽相集め、暇さいあればこれを撫育ぶいくいたしおり候に、小鳥もまた押馴おうじゅんし、食物を掌上に載せ出だせば、来たりてこれをついばみ、少しも驚愕きょうがく畏懼いくの風これなし。
妖怪報告 (新字新仮名) / 井上円了(著)
戦争は人世中もっとも畏懼いくすべき患害にしてその社会を毒することバフイロツキセラ〔害虫の名〕の葡萄樹ぶどうじゅにおける、もしくはコレラ病の人生におけるよりもはなはだしとす。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
われこれ畏懼いくするや久し。今皇師大挙して征討せらる。いかでか是に抗し奉らん。ねがわくば爾今以後飼部となり、船柁干さずして貢物を納め、また男女の調を奉らん。この誓や神明の前に於てす。
日本上古の硬外交 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
爾来じらい数年の間自分は孤独、畏懼いく、苦悩、悲哀のかずかずを尽くした、自分は決して幸福な人ではなかった、自分の生活ライフは決して平坦へいたんではなかった。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
一瞬間、階段の上にいた一行は、極度の恐怖と畏懼いくとのために、じっと立ち止った。次の瞬間には、幾本かのたくましい腕が壁をせっせとくずしていた。壁はそっくり落ちた。
黒猫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
無窮無限という事実も貴様には何等なんら、感興と畏懼いくと沈思とをび起す当面の大いなる事実ではなく、数の連続をもってインフィニテー(無限)を式で示そうとする数学者のお仲間でしょう。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)