生馬いきうま)” の例文
生馬いきうまの眼を抜き、生猿いきざるの皮をぎ、生きたライオンの歯を抜くていの神変不可思議の術を如何なる修養によって会得して来たか。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ところが生馬いきうまの目を抜くという東京の野師やしがこの評判を聞きつけまして、中へ人が入って泣けるような張子の石を拵えました。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「街道すじは生馬いきうまの目を抜く人通り、他人様のふところを狙う前に、よく自分たちの胴巻でも用心していたほうがいいよ」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この江戸と東京との過渡期の繁華は、前言ったように、両国が中心で、生馬いきうまの眼をも抜くといった面影は、今の東京よりは、当時の両国に見られました。
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
生馬いきうまの眼を抜くという人間共のかすりを取って、なにくわぬかおで今日まで生きていられた自分というものが、今晩はここで、人並足らずの間抜けのような若い男と
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
こういうところは、生馬いきうまの目を抜くような江戸の真ん中で若い時から苦労ずくめの商売をした人のようでもなく、どうかすれば歌俳諧でもやるような塩梅あんばいでありました。
東京は生馬いきうまの眼でも拔かうといふ位の敏捷な氣風のところだ、愚圖々々して居ては駄目だ、第一都會の人は物の言ひ方からして違ふ——よくそれを私に言つて聞かせたものでした。
生馬いきうまを戸棚や縁の下に隠して置けるはずもないのであるから、近在の大きい農家か武家屋敷のうちにつないであるに相違ないと半七は鑑定して、亀吉らにもその注意をあたえて置いた。
半七捕物帳:58 菊人形の昔 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
生馬いきうまきうすゑどころ見ゆるなり光あまねき野つぱらうち
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
生馬いきうまの身を大根でうづめけり
それでも江戸は生馬いきうまの眼をさえ抜く所だからと云うので、寺男がひと晩のうちに三度は見廻ることになっていて、寺男の弥兵衛が九ツと八ツと七ツ、即ちこんにちの十二時と午前二時、四時の三度は
半七捕物帳:65 夜叉神堂 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「驚いた。生馬いきうまの眼を抜く以上だ」
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
生馬いきうまの目を抜いてやる」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)