おとな)” の例文
どうしたけな?』と囁いてみたが返事がなくて一層歔欷すゝりなく。と、平常ふだんから此女のおとなしく優しかつたのが、俄かに可憐いじらしくなつて來て、丑之助は又
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
動物が巣にいる幼い子供を可愛がるように、家畜を可愛がっていたあのおとなしい眼は、今は、白く、何かを睨みつけるように見開みひらかれて動かなかった。
パルチザン・ウォルコフ (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
それどころか子供に関するおとなしきに過ぎる若干の詩篇なぞは、愚弄さへされたのであつた。人々は此のフランスのサッフォを、幼年用の教訓詩人とさへ思ひ誤つた。
デボルド―ヷルモオル (新字旧仮名) / 中原中也(著)
三河屋の仕事をして多少生計くらしが楽になった時でありましたから、大変家の貧乏だった煎餅屋の悴を弟子に取るだけのことも出来ました訳……長次郎は至って気質きだておとなしい男で
同じパッキングにいるおとなしい女工が、浮かない顔をしていた。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
それで信吾は、格別の用があつたでもなかつたが、案外おとなしく歸ることになつたのだ。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
お八重はチラとお定の顏を見て、首尾よしと許り笑つたが、お定は父の露疑はぬ樣を見て、おとなしい娘だけに胸が迫つた。さしぐんで來る涙を見せまいと、ツイと立つて裏口へ行つた。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
何卒どうかハア……』と、二人は血を吐く思で漸く言つて、おとなしく頭を下げた。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)