“涯(はてし)” の例文
が、女は默りこくつたまま涯(はてし)ない階段を昇りでもするやうに、振り向きもせずに一段、一段を辿つて行くのであつた。
ハルピンの一夜 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
その中の一つには、人間(ひと)の背丈(せい)の三倍もあるやうな高さの綿花(わた)の木が見渡す限り涯(はてし)もなく繁つてゐる図があつた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
人の顔の赤く描き出された背後には、闃寂(げきせき)たる寒夜の闇が涯(はてし)なく横わっている。平凡なようで力強い句である。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
要するに、我々が涯(はてし)ない海の無限なる郷愁や沙漠の大いなる落日を思い、石庭の与える感動がそれに及ばざる時には、遠慮なく石庭を黙殺すればいいのである。
日本文化私観 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
藤村も宗祇(そうぎ)や芭蕉と同じように自庵では死なないで、ずっと広い世界に涯(はてし)ない旅をつづけている、死んで永遠に生きるのである。それをおもえばよい死かたをしたものと、羨(うらやま)しくもある。
吉は真暗な涯(はてし)のない野の中で、口が耳まで裂けた大きな顔に笑われた。
笑われた子 (新字新仮名) / 横光利一(著)
金蔵の思い出はそれからそれと涯(はてし)もありません。
波浪の上を涯(はてし)なき大地の上を翔くるもの——
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
その砂丘に足を投げ出して涯(はてし)ない海の暗い沖の方に眺め入つたり、また仰向(あふむ)きに寢ころんで眼もはるかな蒼穹(さうきう)に見詰め入つたりしながらも、私はほんとに頭を休める譯(わけ)には行かなかつた。
処女作の思い出 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
見渡すかぎり涯(はてし)なく続くこの耕原の中には、濛々(もうもう)と吐き出すただ一本の煙突の形さえも見出されない。どこまでも澄み切って静かである。あゝ、伝習の静けさ、眠りの静けさ、実に堪えられぬ退屈だ。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)