梶原かぢはら)” の例文
それに、洋画家やうぐわか梶原かぢはらさんが、あめしのぎ、なみびて、ふねでも、いはでも、名勝めいしよう実写じつしやをなすつたのも、御双方ごそうはう御会心ごくわいしんことぞんじます。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「そんなものは出しやしません。唯の御浪人ですよ、梶原かぢはら源左衞門と言つてね、五十年輩の立派な人だが、ひどく足が惡い」
かの宇治川の合戰に、梶原かぢはら磨墨するすみに乘り勝つて、殿が先陣の功名させられたも、一つはこの生月の働きぢやぞ。
佐々木高綱 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
利安等はどうかして兩夫人を逃がさうとはかつた。黒田家の運漕用達うんさうようたしに播磨國家島の船頭梶原かぢはら太郎左衞門と云ふものがある。此太郎左衞門をかたらつて舟の用意をさせた。
栗山大膳 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
さか見霽みはらしで、駕籠かごかへる、とおもひながら、傍目わきめらなかつた梶原かぢはらさんは、——そのこゑ振返ふりかへると、小笠原氏をがさはらしが、諸肌もろはだぬぎになつて、肥腹ふとつぱらをそよがせ、こしはなさなかつた古手拭ふるてぬぐひくびいた。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)