朱筆しゅふで)” の例文
良平りょうへいはある雑誌社に校正の朱筆しゅふでを握っている。しかしそれは本意ではない。彼は少しの暇さえあれば、翻訳ほんやくのマルクスを耽読たんどくしている。
百合 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その日は神田の出版書肆しょしから出版することになった評論集の原稿をまとめるつもりで、机の傍へ雑誌や新聞の摘み切りを出して朱筆しゅふでを入れていると
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
旅にまで来て、十五、六年前の幽霊をかついでまわるのは何という愚かなことだと、私はつくづく朱筆しゅふでを投げてしまった。小樽おたる色内町いろないちょうのキト旅館の二階での歎息である。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
雑所も急心せきごころに、ものをも言わず有合わせた朱筆しゅふでを取って、乳を分けてあかい人。
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
時田は朱筆しゅふでを投げやって仰向けになりながら
郊外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
三造は一服するつもりで、朱筆しゅふでを置き、体を左斜ひだりななめにして火鉢ひばちの傍にある巻煙草の袋をり、その中から一本抜いてマッチをけた。はよほどけていた。
雨夜草紙 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
良平は二十六の年、妻子さいしと一しょに東京へ出て来た。今では或雑誌社の二階に、校正の朱筆しゅふでを握っている。が、彼はどうかすると、全然何の理由もないのに、その時の彼を思い出す事がある。
トロッコ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
油井あぶらい伯爵の遺稿を整理していた山田三造さんぞうは、机の上に積み重ねた新聞雑誌の切抜きりぬきや、原稿紙などに書いたものを、あれ、これ、と眼をとおして、それに朱筆しゅふでを入れていた。
雨夜草紙 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)