朱唇くちびる)” の例文
手も、足も身体中の活動はたらきは一時にとまって、一切の血は春の潮の湧立わきたつように朱唇くちびるの方へ流れ注いでいるかと思われるばかりでした。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
黒髪バラリと振り掛かれる、あをおもてに血走る双眼、日の如く輝き、いかりふる朱唇くちびる白くなるまでめたる梅子の、心きはめて見上たる美しさ、たゞすごきばかり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
的面まともに屹と首領の覆面を見据えて、朱唇くちびるには火のような言葉を吐きます。
青い眼鏡 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
何とも物は仰いませんでしたけれど、御顔を見ているうちに、美しい朱唇くちびるゆがんで来て、しまい微笑にっこりわらいになって了いました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
誰が卑賤いやしい穢多の子と知つて、其朱唇くちびるで笑つて見せるものが有らう。もしも自分のことが世に知れたら——斯ういふことは考へて見たばかりでも、実に悲しい、腹立たしい。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
奥様のあの美しい朱唇くちびるから、こんな御言葉が出ようとは私も思掛ないのです。浅はかな、御自分の罪の露顕する怖しさに、私を邪魔にして追出そうとは——さてはと前の日の夢の御話も思当りました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)