断腸だんちょう)” の例文
心が高潔だったので、実物よりも何層倍となく美しい顔を画き、しかもその画には秋風のような断腸だんちょうのわびしさがにじみ出て居りました。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
みな断腸だんちょうの思いをみ、眼には悲涙をたぎらせていた。為に、彼方かなたへ遠ざかる舟の影すら、涙にかすんで熟視していられなかった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
如何に頑固な先生の加担者かとうどでも、如何程にがり切ったあなたの敵対者てきたいしゃでも、堪え難いあなたの苦痛と断腸だんちょう悲哀かなしみとは、其幾分を感ぜずに居られません。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
自分とソックリの姉の死像を描いた絵巻物を開いて見せられた芬子嬢は、実に断腸だんちょう股栗こりつ驚駭きょうがいこれを久しうした。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
もはやゆるされて家へ戻ったことでござろうが、それを思えば、おさっし下され、右近殿。喬之助、断腸だんちょうの思いでござる。妻にも会えば色いろと話もあるものをと、ま、これは愚痴じゃ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
妻の手前ながら定めて断腸だんちょうの思いなりしならんに、日頃耐忍たいにん強き人なりければ、この上はもはや詮方せんかたなし、自分は死せる心算しんさんにて郷里に帰り、田夫野人でんぷやじんして一生を終うるの覚悟をなさん。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
だのに、その静が、鎌倉に囚われているのに、救い出すことも出来なかったのだから、男としては断腸だんちょう、どれほどだったろうか。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(この日、退院の約束、断腸だんちょうのことどもあり、自動車の音、三十も、四十も、はては、飛行機の爆音、牛車、自転車のきしりにさえ胸やぶれる思い。)
HUMAN LOST (新字新仮名) / 太宰治(著)
自身が満足をするために、亡家の御名も、四隣の迷惑も、蹂躪ふみにじろうとするも同じではあるまいか。わしとて、君家のかかる末路に対して断腸だんちょうの思いはある。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こんなときに乙やんが生きていたらな、といまさらながら死んだ須々木乙彦がなつかしく、興奮がそのままくるりと裏返って悲愁断腸だんちょうの思いに変じ、あやうく落涙しそうになって、そのとき
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そして孔明の意中をむにつけ断腸だんちょうの思いがあった。連戦多年、蜀軍の将星は相次いで墜ち、用いるに足る勇将といえば実に指折るほど少なくなっている。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、正成は、うるみ声で、兵の簿にあたまを垂れた。そうした純烈なものを知ると断腸だんちょうの責めに衝かれるらしい。謝する言葉もないふうだった。が、そのまま了現の手へ、簿を返して
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二夫人の境遇に考え及ぶと、すぐ断腸だんちょうの思いがわくらしいのである。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
または、やるかたない敗軍の将の断腸だんちょうの思いとも。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)