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掻抱
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かきいだ
荒布革の横長なる
手鞄を膝の上に
掻抱きつつ貫一の思案せるは、その宜き
方を択ぶにあらで、
倶に行くをば
躊躇せるなり。
彼女はこの邸が、
獄舎であるのも忘れて、
掻抱いては、
欣んだ。——お見せしたい、一目でも、かの君にと。
宮は見るより驚く
遑もあらず、
諸共に砂に
塗れて
掻抱けば、閉ぢたる
眼より
乱落つる涙に浸れる灰色の
頬を、月の光は悲しげに
彷徨ひて、迫れる息は
凄く波打つ胸の響を伝ふ。
貫一は息も絶々ながら
緊と鞄を
掻抱き、右の
逆手に小刀を隠し持ちて、この上にも
狼藉に及ばば
為んやう有りと、油断を計りてわざと為す無き
体を
装ひ、
直呻きにぞ呻きゐたる。