抽斗ひきだ)” の例文
彼は、そっと両手でかこうようにして彼女を自分の机の上に運び、その抽斗ひきだしの一つに、柔らかな絹ハンカチと綿とで彼女のベッドをつくった。
メリイ・クリスマス (新字新仮名) / 山川方夫(著)
母親は古い茶箪笥ちゃだんすから茶のはいったかん急須きゅうすとを取った。茶はもうになっていた。火鉢の抽斗ひきだしの紙袋には塩煎餅しおせんべいが二枚しか残っていなかった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
妾は妾の手にかけた少年たちの爪を取り集めて、向うの机の抽斗ひきだしに仕舞しまっといたのよ。西洋の貴婦人たちが媾曳あいびきの時のお守護まもりにするそうですからね。
けむりを吐かぬ煙突 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
箪笥たんす抽斗ひきだしより取出して見せけるを彦兵衞大いにかんじ偖々御信心なる事尋常なみ/\の者には勿々なか/\出來難き御事なるを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
最初台所の次の間を物色したが何物もないのでただちに蓉子の室に侵入し初めはひそかに枕元を探していたものらしく箪笥たんす抽斗ひきだしなどが開け放しになっていた。
黄昏の告白 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
当時の大学理学部物理教室の自室の書卓の抽斗ひきだしの中に他の大事な手紙と一緒に仕舞い込んでおいた。
埋もれた漱石伝記資料 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼を押し退けて、あなた自身、卓子テーブルの上下から抽斗ひきだしを、根気よく捜索しなければなりますまい。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
「ものは、これなんだ」わしは、机の抽斗ひきだしの奥から、新聞紙にくるんだものを、出してきた。
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)
五人がとかたまりになって、階子段はしごだんを稲妻の様に飛降りて、男爵の書斎へ入って行くと、大金庫の扉は八文字に開いたまま、中の抽斗ひきだしは、滅茶滅茶にかき乱されたらしく
判官三郎の正体 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
机の抽斗ひきだしの中には、餅菓子とかビスケットとか羊羮ようかんとかいつもきっと入れられてあったが、このごろではただその名残りの赤い青いばかりが残っていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
帽子もゴルフ用の鳥打ちや、ビバや、お釜帽かまぼうを次から次に冠らせられた。それにつれて本箱の抽斗ひきだしに突込んだままになっていた皺苦茶の紙幣や銀貨の棒がズンズンと減って行った。
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
浦和の学校にいる美穂子の写真が机の抽斗ひきだしの奥にしまってあった。雪子といま一人きよ子という学校友だちと三人してうつした手札形で、美穂子は腰かけて花を持っていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)