打克うちか)” の例文
「願望」が「自然」に打克うちかつように見えるのは、その「願望」が「自然」に即し「自然」の流れにさおざしている時だけなのである。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
お前は言った、「危険を冒さないで打克うちかつ、それは名誉の伴なわない勝利だ。だからさ、冗談じゃない、それだけはよしたまえ」
道士は凡ての反感に打克うちかつだけの熱意を以て語ろうとしたが、それには未だ少し信仰が足りないように見えた。クララは顔を上げ得なかった。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
こうして、私は私自身の薄弱な力の許す限り周囲に打克うちかって、細々ほそぼそながら自己の経済的独立を建てて来ました。
けれども此の生理的の力に小さい少年の努力がどうして打克うちかてよう。悼詞ももう耳へは入らなかつた。私は危ふく父の葬式に出てゐる事も忘れて了ひそうになつた。
父の死 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
いつも難しい大きな商法に運を賭けて、それに打克うちかって来た自分の商才を以てすれば、こんどの計画も、気は長いようだが、そう困難ではないと、彼は信じていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は満身の勇気を奮いおこして、柄にもないこの気怯きおくれに打克うちかとうとした。そして結局夜遊びから自宅うちへ帰って来た男のような、気安い歩調でつかつかと隣室へ入って行った。
空家 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
蜘蛛は私に打克うちかった。蛙は私のとらわれを逃れた。彼らはいずれも幸福でないとはいえまい。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ただ俺はこの臆病な心に打克うちかって、立派に死んでみせようと、どれだけ心をくだいたことか。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
そして興奮したじゃないか、だが俺は打克うちかった。フン、立派なもんだ。民平、だが、俺は危くキャピタリスト見たよな考え方をしようとしていたよ。俺が何も此女をこんな風にした訳じゃないんだ。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
むしろ、それは、彼が彼の運命に打克うちかつ新たな道への曲り角に立ったことを意味したのである。彼の眼はそれ以来次第に内に向かっていった。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
或いはかえってこのために、越後の弓矢もゆるむかも知れぬ。とはいえ、信玄ほどな大才を敵として、それに敗られまじ、それに打克うちかたんと不断に己れを磨く目標はいまやこの世になくなった。惜しい。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そうだ、俺は時刻に後れると知りながら、わざと後れるようにしかけたのだ、わざとこんな所へ来てしまったのだ。何という俺は卑怯者だ、臆病者だ! 生れついての臆病が最後にとうとう俺に打克うちかったのだ!」とつぶやいた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
しかも、僕は、そうした悪徳に身を任せることに一種の快感をさえ覚えはじめている。恐ろしいことだ。僕はこの誘惑に打克うちかたなければならない。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)