おび)” の例文
二人の弟は、喪中の家の沈黙におびえて、急に外へ逃げ出してしまった。ロドルフはテオドル伯父おじの商館にはいって、伯父の家に住んだ。
剰へ日が血のやうに西からのぼり、月が痺れて東へ落ちかかる怪しい神経病者の幻想フアンタジヤさへ時折発作のやうに霊自身をおびやかす。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
彼のぶくぶくした身体の物柔かな動作までが、彼女をおびえさせるのであった。怖ろしくもあり、厭らしくも思えた。
その半身をもて坎をかこめる岸を卷けり(ジョーヴェはいまもいかづちによりて天より彼等をおびえしむ) —四五
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
出たばかりで本当の世の中は御存じないんだからね。いくら学士でございの、博士でそうろうのって、肩書ばかり振り廻したって、僕はおびえないつもりだ。こっちゃちゃんと実地を
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
叔父は物におびえたように飛び立って窓から少し退いた。そして声した方をすかし見た。
恩人 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
所が横町よこちょうを一つ曲ると、突然お蓮はおびえたように、牧野の外套がいとうの袖を引いた。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
通ってゆくのは武装した群集であり、ながめているのはおびえた群集であった。
青空が広く、葉は落ち尽くし、鈴懸すずかけが木に褐色かっしょくの実を乾かした。冬。こがらしが吹いて、人が殺された。泥棒の噂や火事が起こった。短い日に戸をたてる信子は舞いこむ木の葉にもおびえるのだった。
雪後 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
「ああ!」とおびえたように中声を発して、そのままそこに立ちすくんだ。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
おびえたように眉をそよがせているのだ。
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ああ、おたがいのために死のうとするこの間ぎわになっても、二人はたがいに遠く離れてる気がした!……どちらもおびえた考えをしていた。
牧師はひどくおびえて、馬に拍車をくれて逃げ出した。
彼が寝入ってから彼女は、凍えおびえ疲れはてて床にはいった。そしてふたたび自分の夢想を呼び出すことはできなかった。
十歩にして人は驚き、二歩にして人はおびゆ。
彼は不安におびえながら夜通し彼女を捜した。そしてようやく、ある警官派出所に保護されてるところを見つけ出した。彼女はセーヌ河に身を投げようとしたのだった。
真夜中におびえたうなり声をたてながら、突然眼をますこともあった。至る所に動き回るべき理由を捜し求めては、あたかも水中で浮標にすがるようにそれへしがみついていた。
おびえつつ悲しげに訴えつつ