幽斎ゆうさい)” の例文
「されば、今年はちょうど、忠利様の祖父の君にあたる幽斎ゆうさい公さまが、三条車町の御別邸でおかくれ遊ばしてより三年ののお迎えと相成るので」
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
太閤たいこうの「奥山にもみぢふみわけなく蛍」の時に細川幽斎ゆうさいが持出した「武蔵野やしのをつかねてふる雨に蛍よりほかなく虫もなし」という歌は、出所曖昧あいまいの三十一字だけれども
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
光秀様の歌道は、細川藤孝(幽斎ゆうさい)殿と、御姻戚ごいんせきの間がらとなってからは、なおさら、研鑽けんさんの深いものがあり、かつて、滋賀の唐崎からさきに松を植えられて、その折
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
細川藤孝は、晩年、幽斎ゆうさいとも号して、細川藩にとって中興ちゅうこうの祖ともいえる業績をのこした人物である。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幽斎ゆうさい細川藤孝といえば、旧室町むろまち出の幕府人では、出色しゅっしょくのひとりである。その歌才はかくれなく、学問識徳兼備の文化人として、その友、明智光秀と並び称されている。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
西曲輪は、良人の父、幽斎ゆうさい細川藤孝ふじたかの住居とされている所である。
幽斎ゆうさいの息子、与一郎忠興ただおき、あれはもう幾歳いくつになるな?」
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そう過大にお買いくだされては困る。元より、ろくは望まず、ただ細川家は、幽斎ゆうさい公、三斎公、そして御当主忠利ただとし公と、三代もつづく名主のお家。そうした藩に奉公してこそ、武士の働き場所と思うてお願いしてみたことでもあれば」
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)