常磐橋ときわばし)” の例文
ちょうど教部省は、文部省と一緒に、馬場先ばばさきの地から常磐橋ときわばし内へ引き移ったばかりで、いろいろな役所の仕事に、国学の畑の人を求めている時であった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
柳亭種彦先生は昨夜の晩おそく突然北御町奉行所よりお調しらべの筋があるにより今朝五ツどきまでに通油町とおりあぶらちょう地本問屋じほんどんや鶴屋喜右衛門つるやきうえもん同道にて常磐橋ときわばし御白洲おしらす罷出まかりでよとの御達おったしを受けた。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
伝便と云っても余所よそのものには分かるまい。これは東京に輸入せられないうちに、小倉へ西洋から輸入せられている二つの風俗の一つである。常磐橋ときわばしたもとに円い柱が立っている。
独身 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
其の前は常磐橋ときわばし御門から道三橋どうさんばしの近辺を柳町やなぎまちといって、又鎌倉河岸に十四五軒あって、麹町こうじまちにもあり、方々にちらばって居たのを、今の吉原へ一纒ひとまとめにしたので、吉原というのは
常磐橋ときわばしの東の、石町こくちょう一丁目にあって、御影堂みかげどうとして知られた、扇をつくる家だった。
元禄十三年 (新字新仮名) / 林不忘(著)
もう役所は午引ひるびけになっている。石田は馬に蹄鉄ていてつを打たせに遣ったので、司令部から引掛ひきがけに、紫川むらさきがわ左岸さがんの狭い道を常磐橋ときわばしの方へ歩いていると、戦役せんえき以来心安くしていた中野という男に逢った。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
思い出の深い常磐橋ときわばしの下の方まで続いて行っているほりの水は彼の目にある。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
常磐橋ときわばし内にある教部省では役所のひける時刻である。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)