山梔くちなし)” の例文
その外、木犀と山梔くちなしが湯殿の横の衣裳倉の前にあつて、南天、馬練などが隅にある。あまり広くも無い庭が、一ぱい草木で詰つて居る。
真偽の分からぬ肉筆の浮世絵の軸物を掛けて、一輪挿いちりんざし山梔くちなしの花を活けた床の間を背にして座を占めた末造は、鋭い目であたりを見廻した。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
山梔くちなしの蔭の砥石に柄を打つけて抜けないようにすると、何度も何度も両手で振ってみて練習をしたが、中学時代に撃剣を遣っていた御蔭であったろう。
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
浪子は風通御召ふうつうおめし単衣ひとえに、御納戸色繻珍おなんどいろしゅちんの丸帯して、髪は揚巻あげまき山梔くちなしの花一輪、革色かわいろ洋傘かさ右手めてにつき、漏れづるせきを白綾しろあやのハンカチにおさえながら
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
その腹は山梔くちなしの花のやうに白く、細い疵が斜めに貫いたまま、なほ水掻で一つが一つの背なかを捉へてゐる。
測量船 (新字旧仮名) / 三好達治(著)
絵の具は、以前は製図用の粉絵の具を用ひ、次ぎには山梔くちなしの実を煎じて用ひたが昨今は紅殻を用ひてゐる。
文房具漫談 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
……鏡に映ったあなたのお顔! どこに一点美しかった昔の面影がございましょう? 昔のお顔は満開の海棠かいどう、今のお顔は腐った山梔くちなし、似たところとてはございません。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一方の庭に白く咲き殘つてゐた山梔くちなしのかはりに、こゝには腹這つてゐる磯馴そなれの松がある。かすかに鯉の動くのが見えるほど薄濁りのした水のかはりに、こゝには青い蓮の葉で滿たされた池がある。
山陰土産 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
T・O夫人、山梔くちなしのボタン・フラワ。白駝鳥の飾羽毛つきの帽。飽くまで英国——一九〇〇年代——中流人だ。識ろうとする欲求によってではなく、社交上の情勢によって、顔役として坐っていた。
狐の姐さん (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
日を経ては香に焦げたる色となる初めは白き山梔くちなしの花
晶子鑑賞 (新字旧仮名) / 平野万里(著)
里のをんな山梔くちなしの黄にもまみれて
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
山梔くちなしの花はちたり、——
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
私は斬られたならかたきがあらう、其敵は私がかうして討つと云つて、庭に飛び降りて、木刀で山梔くちなしの枝をたゝき折つた。母はそれに驚いて、其後は私の聴く所で父の噂をしなくなつたさうである。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)