家中いえじゅう)” の例文
父が二階を下りて行ったのち、慎太郎は大きな眼を明いたまま、家中いえじゅうの物音にでも聞き入るように、じっと体をこわばらせていた。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
世間をはばかるようにまだ日の暮れぬ先から雨戸を閉めた戸外おもてには、夜と共に突然強い風が吹き出したと見えて、家中いえじゅうの雨戸ががたがた鳴り出した。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
五人は又食堂から廊下を通って六畳へ駈け込む。そんな風に家中いえじゅうを行ったり来たりしてみに揉んでいるところへ
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「やあ、くたびれた、くたびれた」家中いえじゅうひびきわたるような大声をあげて、大旦那の長造ちょうぞうが帰って来た。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ひとりごとをいうと、ピストルを片手かたて家中いえじゅうをぐるぐるまわりはじめたんだ。
かじる、引っ掻く、家中いえじゅうを。
家中いえじゅうの女共も同じ事、れか狐に喰いつかれはしまいか。お狐様はうちの中まであばれ込んで来はしまいか。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
さて、午過ぎからは、家中いえじゅう大酒盛おおさかもりをやる事になったが、生憎あいにくとこの大雪で、魚屋は河岸かしの仕出しが出来なかったと云う処から、父はうちとりを殺して、出入の者共を饗応きょうおうする事にした。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
いつもお雪が店口で蚊遣香かやりこうも、今夜は一度もともされなかったと見え、家中いえじゅうにわめく蚊の群は顔を刺すのみならず、口の中へも飛込もうとするのに、土地馴れている筈の主人も
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
朝顔の花が日ごとに小さくなり、西日が燃える焔のように狭い家中いえじゅうへ差込んで来る時分じぶんになると鳴きしきるせみの声が一際ひときわ耳立みみだってせわしく聞える。八月もいつかなかば過ぎてしまったのである。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
家中いえじゅうは秋の西日やどぶのふち
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)