匍出はいだ)” の例文
二年ののちには、あわただしく往返する牽挺まねき睫毛まつげかすめても、絶えて瞬くことがなくなった。彼はようやく機の下から匍出はいだす。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
手も、足も、だるかった。彼は臥床ねどこの上へ投出した足を更に投出したかった。土の中にこもっていた虫と同じように、彼の生命いのちは復た眠から匍出はいだした。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
水戸はその影線を選びつつ、しずかに匍出はいだした。彼は観測器械の据付けてあるところまで後退しようと考えた。
地球発狂事件 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
どころではない。しらみは塾中永住の動物で、れ一人もこれまぬかれることは出来ない。一寸ちょい裸体はだかになれば五疋ごひきも十疋もるに造作ぞうさはない。春先はるさき少し暖気になると羽織の襟に匍出はいだすことがある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
絶頂に達した山の上の寒さもいくらかゆるんで来た頃には、高瀬もようやく虫のような眠から匍出はいだして、復た周囲を見廻すようになった。その年の寒さには、塾でも生徒の中に一人の落伍者を出した。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)