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助郷
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すけごう
ふりがな文庫
“
助郷
(
すけごう
)” の例文
それを見ると、伊那から来ている
助郷
(
すけごう
)
の中には腕をさすって、ぜひともお
輿
(
こし
)
をかつぎたいというものが出て来る。大変な御人気だ。
夜明け前:01 第一部上
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
「ふざけやがるない、こん畜生、馬に乗りたけりゃ、
助郷
(
すけごう
)
の駄賃馬あ
銭
(
ぜに
)
ゅう出して頼みな、こりゃ人を乗せる馬じゃねえんだ」
大菩薩峠:33 不破の関の巻
(新字新仮名)
/
中里介山
(著)
三島の
宿
(
しゅく
)
に幾組かの大名の泊りが落合って、沢山の人足が要ることになったので、
助郷
(
すけごう
)
までも狩りあつめてくる始末。
三浦老人昔話
(新字新仮名)
/
岡本綺堂
(著)
それはいいが、
定例
(
じょうれい
)
の
助郷
(
すけごう
)
のほかに、毎日、植林その他、無給仕事に、お助けと称して一家の働き手を
徴発
(
ちょうはつ
)
される百姓たちは、食えない上に、食えなくなった。
脚
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
武家が大勢落合って雲助や馬子の不足する時は、問屋から別に『
助郷
(
すけごう
)
』というものを出した。これはその地その地の百姓が役として勤めたもので、馬を持っていれば馬子の代りをせねばならなかった。
鳴雪自叙伝
(新字新仮名)
/
内藤鳴雪
(著)
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これは宿駅常置の御伝馬以外に、人馬を補充し、
継立
(
つぎた
)
てを応援するために設けられたものであった。この制度がいわゆる
助郷
(
すけごう
)
だ。
夜明け前:01 第一部上
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
この藤川の宿場へは、常に、
助郷
(
すけごう
)
にも出ていれば、荷持や馬方の
稼
(
かせ
)
ぎにも、村から出ているのじゃ。気の毒ながら、吉良様の敵の
臣
(
けらい
)
を、大手を振って、通さすわけにはまいらぬわい。
新編忠臣蔵
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
その時、栄吉は
助郷
(
すけごう
)
の人馬数を書き上げた
日〆帳
(
ひじめちょう
)
なぞをそこへ取り出して来た。吉左衛門も隠居の身で、駅路のことに口を出そうでもない。
夜明け前:02 第一部下
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
普請役、および
小人目付
(
こびとめつけ
)
は長防征討のために人馬の伝令休泊等の任務を命ぜられ、西の山陽道方面ではそのために
助郷
(
すけごう
)
の課役を免ぜられた。
夜明け前:02 第一部下
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
それから、
宿
(
しゅく
)
の
伝馬役
(
てんまやく
)
と在の
助郷
(
すけごう
)
とはわけが違う、半蔵さまはもっと宿の伝馬役をいばらせてくだすってもいい。そういうことを言うんです。
夜明け前:02 第一部下
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
馬方
(
うまかた
)
、
牛方
(
うしかた
)
、人足の世話から、道路の修繕、
助郷
(
すけごう
)
の
掛合
(
かけあい
)
まで、街道一切のめんどうを見て来たその心づかいは言葉にも尽くせないものがあった。
夜明け前:01 第一部上
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
人馬の
継立
(
つぎた
)
て、継立てで、多年
助郷
(
すけごう
)
村民を苦しめた労役の問題も、その解決にたどり着いたのである。
夜明け前:03 第二部上
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
今度は旧天領のものが奮って
助郷
(
すけごう
)
を勤めることになりました。これは天領にかぎらないからと言って、総督の執事は、村々の
小前
(
こまえ
)
のものにまで人足の勤め方を奨励しています。
夜明け前:03 第二部上
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
わたしはあの人を疲れさせないようにと思って、会所の事務なぞはなるべく自分で引き受けるようにしていましたが、そこへあの
凱旋
(
がいせん
)
、凱旋でしょう。
助郷
(
すけごう
)
の人馬は滞る。
御剪紙
(
おきりがみ
)
は来る。
夜明け前:03 第二部上
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
“助郷”の解説
助郷(すけごう)は、日本における労働課役の一形態。江戸時代に、徳川幕府が諸街道の宿場の保護、および、人足や馬の補充を目的として、宿場周辺の村落に課した夫役のことを言う。
また、夫役の対象となった村を指して言う「助郷村(すけごうむら、すけごうそん)」も、略されて「助郷」と呼ばれる場合がある。
(出典:Wikipedia)
助
常用漢字
小3
部首:⼒
7画
郷
常用漢字
小6
部首:⾢
11画
“助”で始まる語句
助
助太刀
助言
助力
助手
助六
助役
助長
助勢
助広