六十路むそじ)” の例文
「なんのなんの、世間へはばかることも、羞恥はにかむことも少しもない。光圀もことし六十五、雪乃も六十路むそじにちかい年。よも、今さらあだし浮名は立つまい」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると反対の側から、年の頃は六十路むそじを二つ三つ越えたと思われる半白の口髭くちひげ頤髯あごひげ凛々りりしい将軍が、六尺豊かの長身を、静かにマイクロフォンに近づけた。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それが当年六十路むそじあまりのおばアさんとは、反目はんもく嫉視しっし氷炭ひょうたん相容あいいれない。何ということ無しにうつらうつらと面白く無い日を送って、そして名の知れない重い枕にいた。
白い光と上野の鐘 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
もう六十路むそじを越したらしい、びんが薄れて、目の下や、ほおゆるんだ、えびす顔の老人、福々と、市楽柄いちらくがらの着つけ、うす鼠の縮緬ちりめんの襟巻を巻いた、いかにも大商人と思われる男だ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
もちろん、おしのびは、ある女性にょしょうの許へ、であった。上皇はすでに、六十路むそじにおちかいけれど、そのみちにかけては、なみなみならぬ御好色であったらしい。
しかも上皇は、六十路むそじに近いお年だし、覚然はそのころまだ三十代の僧侶そうりょで、しかも美僧であったという。
もう六十路むそじをこえた老婆だと聞えたので——同情は翕然きゅうぜんとしてその年寄にあつまり、武蔵には反対なものが、御採用という機会に、一時に現れたものらしいとの話であった。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「……じつは先ほどから、明石の検校どのにぜひお会いしたいと、年のころ六十路むそじがらみの法師と、さよう、親子とおぼしき能役者のうやくしゃていの者が三名、あちらでお待ちしておるのですが」
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三年坂の坂下とおぼしき辺りから威勢のよい懸け声が近づいて来たのである。と思うと間もなく、境内の一端にあらわれたのは、一人の駕かきの背中に負ぶさった六十路むそじとも見える老婆としよりだった。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)