一軒いっけん)” の例文
つらね遊芸の師匠や芸人などの住宅のある所でもなしなまめかしい種類の家は一軒いっけんもないのであるそれにしんしんとけた真夜中
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
一軒いっけんの旅館があります。そしてその真向いに、大きな馬車小屋があります。小屋の屋根はちょうどいたばかりでした。
ところがロンドンじゅうの家という家は一軒いっけんのこらずドアをしめ、かぎをかけているので、いくらぼくが透明人間とうめいにんげんでも、もぐりこむすきさえなかったんだ。
夫人は彼女を眼中に置いていなかった。あるいはむしろ彼女を回避していた。そうして特に自分の一軒いっけん置いて隣りに坐っている継子にばかり話しかけた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その時ふとうしろを見ますと、立派な一軒いっけんの西洋造りの家がありました。
注文の多い料理店 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
あるまずしい男にむすこが生まれましたが、なにしろひどい貧乏なので、名づけ親になってやろうという人が、たれひとり見つかりません。一軒いっけん一軒いっけんあるいてみましたけれど、むだぼねおりでした。
村はもう一軒いっけんのこらずしずまっていることで、かえって気がねでもしているように、奥さんは豆ランプを消してから足さぐりで部屋にもどりながら、ほうっとため息をし、ひそやかに話しかけた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
三人で手分けをして庭に出て、大きな声で「ポチ……ポチ……ポチいポチ来い」とよんで歩いた。官舎町かんしゃまち一軒いっけん一軒いっけん聞いて歩いた。ポチが来てはいませんか。いません。どこかで見ませんでしたか。
火事とポチ (新字新仮名) / 有島武郎(著)
すると、一軒いっけん道具屋どうぐやは、いいました。
海のかなた (新字新仮名) / 小川未明(著)
「だって、あたしあのかた一軒いっけん置いてお隣へ坐らせられて、ろくろくお顔も拝見しなかったんですもの」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「わたしはリューネブルクの荒野こうやの上をすべって行きました」と月が言いました。「道ばたに小屋が一軒いっけん、ぽつんと立っていました。葉の散り落ちたやぶが二つ三つ、そのすぐそばにありました。 ...
それは七月革命のときのこと、あの世にもかがやかしい勝利の日の夕暮だったのです。一軒いっけん一軒の家が城砦じょうさいとなり、一つ一つの窓が堡塁ほうるいとなっていました。民衆はチュイルリー宮へ向って突進とっしんしました。