“かうしう”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
向宗33.3%
杭州33.3%
校讐33.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
聞つけ尋(たづ)ね來り見れば娘の澤の井と嬰孩(みどりご)の死骸(しがい)に取付樣々の謔言(よまひごと)を言立(いひたて)狂氣(きやうき)の如き有樣なれば種々(いろ/\)賺(すか)し宥(なだ)め兩人(ふたり)の死骸(しがい)を光照寺(くわうせうじ)といふ一向宗(かうしう)の寺へ葬(はう)むりしがお三婆は狂氣(きやうき)なし種々(さま/″\)の事を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
葬(はう)ぶりし寺は當村なりやと尋(たづ)ぬるに向ふに見え候山の麓(ふもと)にて宗旨(しうし)は一向宗(かうしう)光照寺と申し候と聞(きい)て然らば其節(せつ)の住持(ぢうぢ)は未だ存命(ぞんめい)致し居やと有に參(さん)候其節の住持祐然(いうねん)と申すは未だ壯健(たつしや)に候と答へける吉田(よしだ)三五郎然(さら)ば光照寺住持(ぢうぢ)祐然を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
此(この)地に住んで居る支那人は平素は四十万であるが、本国の革命騒ぎ以来広東(カントン)や遠く蘇州(そしう)杭州(かうしう)あたりから来た避難民を合せて今は五十四五万に達して居る相(さう)だ。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛、与謝野晶子(著)
「辛未早春。除却旧痾身健強。窓風軽暖送梅香。日長添得讐書課。亦奈尋紅拾翠忙。」斗柄(とへい)転じ風物改まつても、蘭軒は依然として校讐(かうしう)の業を続けてゐる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)