“うまかた”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
馬方66.7%
馬士25.0%
馬宿5.6%
馬丁2.8%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
そう言って甚兵衛(じんべえ)は、仲間の馬方(うまかた)や村の人達の間をたずね廻りましたが、誰一人としてそんなことを知ってる者はいませんでした。
天下一の馬 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
そこで馬三疋と馬士(うまかた)には賃銭を遣(つか)わして帰してしまいました。サラット先生の喜びは非常なものです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
国吉は馬宿(うまかた)と喧嘩して殺され、泰博は翌年の春、応天門の外でこれも何者かに斬られて死に、二男と三男は泰文の望みどおりにはやばやと持仏堂下の墓に入った。
無月物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
受出(うけいだ)し名も千代と改(あらた)めて我妻となしけるが實親(じつおや)は越後に在るとのこと故彼れが實家(じつか)を尋(たづ)ねんと此地へ來り今朝(こんてう)馬丁(うまかた)の惡漢が我が妻ちよを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
少し放(はな)れし岡(をか)の小松(こまつ)の根がたを犬の掘(ほり)し跡より顯(あらは)れ出たるが其者は藤枝宿(ふぢえだじゆく)の馬丁(うまかた)松五郎と申者の由是亦同村の者ども申立たり然すれば九郎兵衞親子(おやこ)の奸計(かんけい)にて右の死骸(しがい)へ惣内夫婦の衣類(いるゐ)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)