“為(し)” の例文
旧字:爲
お三輪はあの母の晩年に言ったこと為(し)たことなぞをいろいろと思い出すようになったほど、自分も同じように年をとったかと思った。
食堂 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
此の婚礼に就いて在所の者が、先住の例(ためし)を引いて不吉(ふきつ)な噂を立てるので、豪気(がうき)な新住(しんじう)は境内(けいだい)の暗い竹籔(たけやぶ)を切払(きりはら)つて桑畑に為(し)て了(しま)つた。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
人生の高尚な目的や、わが身の人間としての品位を忘れて、われわれが自分で考えたり為(し)たりすること、それを除いたほかの一切は。
種々(いろ/\)なる感想が自分の胸に潮(うしほ)のやうに集つて来て、其山中の村が何だか自分と深い宿縁を有(も)つて居るやうな気が為(し)て、何うも為(な)らぬ。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
サ為(し)ようかと思ッていたんだが、しかしもう出来ない。他人同様の私をかばって実の母親さんと議論をなすった、その貴嬢の御信切を
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
内匠頭の為(し)た事を、武士として、当然だとする者もあるし、短慮(たんりょ)である、世間知らずの坊(ぼ)ンチの癇癪(かんしゃく)だと、非難する者もかなり多い。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
香水の発する放射線と快き合流を為(し)ない時は、その香水は、その人にとつて「開かざる蕾の花」であるか、又は、「半開の花」である。
お母さん宜(い)いじゃアないか、前に贔屓で呼んでくれたお客なれば、今美代ちゃんを請出せば私(わし)の妹分にも為(し)ようと思っている、その妹を
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
土から生れて土に働く土の精、土の化物(ばけもの)とも云うべき農家の人は、死んで土になる事を自然の約束として少しも怪むことを為(し)ない。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
世の中には謡曲嫌いと称する人が大層多くて、到る処謡曲の攻撃を為(し)て廻わって、甚だしきに到っては謡曲亡国論なぞを唱える人がある。
謡曲黒白談 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
『おや、この餓鬼、お尿しやがつたな、うぬ、今度為(し)て見い、おめえのおちんこを、これよ、此の鋏でチヨン切つちまふぞい。』
神童の死 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
その他に何も為(し)なかった。午後から堀江の正福寺で女相撲を見た、それ丈。今は一時である。疲れたからもう寝る。(一、二二)
「お葉さん、寒いだろう。此方(こっち)へ来てお当りな。」と、お杉は徐(しずか)に焚火の傍(そば)へ寄った。お葉は岩に腰をかけたままで、返事も為(し)なかった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「だつて」と云ひながら、寄(よ)つて来(き)た。「私(わたくし)、何故(なぜ)だか、あゝ為(し)たかつたんですもの。野々宮さんに失礼する積(つもり)ぢやないんですけれども」
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
待て霎時(しばし)、どうも爾(そ)うでない、抑(そもそ)も乃公(おれ)が彼(あ)の学校の監督をしないと云(い)うものは、為(し)ない所以(ゆえん)があって為(し)ないとチャンと説を極(き)めて居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「仕事の手を緩(ゆる)めて怠ける算段計(ばか)り為(し)てけツかる、互(たげえ)に話ヨ為て、ズラかる相談でも為て見ろ、明日ア天日が拝め無えと思え」
監獄部屋 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
「ハハハハッ何に今に遊ばれるよ、学校でも立派に出来あがったところで、しんみりと戦いたいものだ、私は今からそれを楽みに為(し)ている」
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
で、船(ふね)が一揺(ひとゆす)れ揺(ゆ)れると思(おも)ふと、有繋(さすが)に物駭(ものおどろ)きを為(し)たらしい、艫(とも)に居(ゐ)た五位鷺(ごゐさぎ)は、はらりと其(そ)の紫(むらさき)がゝつた薄黒(うすぐろ)い翼(つばさ)を開(ひら)いた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
かれ等は、口に出して責めるやうな事は、為(し)なかつたけれど、それ丈(だ)けにとし子は、もつと意地の悪い、いやみのあてこすりでいぢめられた。
乞食の名誉 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
御免なされと襖(ふすま)越しのやさしき声に胸ときめき、為(し)かけた欠伸(あくび)を半分噛(か)みて何とも知れぬ返辞をすれば、唐紙(からかみ)する/\と開き丁寧(ていねい)に辞義(じぎ)して
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
宮は毎(いつ)よりも心煩(こころわづらはし)きこの日なれば、かの筆採りて書続けんと為(し)たりしが、余(あまり)に思乱るればさるべき力も無くて、いとどしく紛れかねてゐたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
その言葉が思いがけず自分の今為(し)たことのなかにあると思った。石鹸は自分にとって途方もなく高価(たか)い石鹸であった。自分は母のことを思った。
泥濘 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
で元気よく三脚を片付け旅宿(やど)へ帰えろうと為(し)かけますと、其時まで観ていた男女(ふたり)の者から呼び止められたのでございます。
温室の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
自身は世間に当然許された破戒さへ為(し)でかす勇気がないといふ、自意識過剰の逃避性からきてゐるやうにも思はれた。
雨宮紅庵 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
その約束も極(きは)めて置きたいねと微笑(ほほゑ)んで言へば、そいつはいけない、己れはどうしても出世なんぞは為(し)ないのだから。
わかれ道 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
新公が悶死したことに就(つ)いていろいろの噂が伝わった。それによると、米が海産問屋の公子と立待岬から投身したのは、新公が為(し)くんだ演戯(しばい)であった。
妖蛸 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
朝も昼も晩も女房の舌は止むときなく運転して、何かこの男が言つたり、為(し)たりすると、直に長演説が始まります。
新浦島 (新字旧仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
無論兄きは恐ろしさに気が狂つて為(し)たことだとは知つてゐましたが、それでもわたくしはひどく悲しく思ひました。
うづしほ (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
『あゝゝ。』といふ力無い欠呻(あくび)が次の間から聞えて、『お利代、お利代。』と、嗄(しはが)れた声で呼び、老女(としより)が眼を覚まして、寝返りでも為(し)たいのであらう。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「何をビク/\するんだ」と、主人は吾妻を一睨(いちげい)せり「其様(そんな)ことで探偵が勤まるか——篠田や社員の奴等に探偵と云ふことを感付かれりや為(し)なかろな」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
吾子(わこ)よ。吾子の為(し)了(おお)せなんだ荒(あら)び心で、吾子よりももっと、わるい猛(たけ)び心を持った者の、大和に来向うのを、待ち押え、塞(さ)え防いで居ろ、と仰せられた。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
すゞは、「快上快」の調合から、原料の補給や、時には、それを裏口から、足音をしのばせて、そッと這入ってくる青い顔の支那人に売ることも為(し)ていた。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
それで兼公は平生花を作ることを自慢するでもなく、花が好きだなどと人に話し為(し)たこともない、よくこんなにいつも花を絶やさずに作ってますねと云うと
姪子 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
... 為(し)」た奴がなんで百両持っているものかと「撫でて見ると訝しげな手障りだから」開けてみると正(まさ)しく百両。
「こんなに咳ばかりしていて此の人はまあ何んで無茶なんだろう、そんな為(し)なくとも好い旅に出て来るなんて……」菜穂子は他人事(ひとごと)ながらそんな事も思った。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
その「日記」を公にする私どもは、人の墓を暴いて、死屍を群集の面前に曝すのと同じやうな残酷なことを為(し)て居るのではあるまいか。或はさうかも知れ無い。
一葉の日記 (新字旧仮名) / 久保田万太郎(著)
だが、親の間違(まちがひ)で(親といふものはよく間違を言つたり、為(し)たりするものなのだ)その四人が五人に殖えたからといつて、何も首を縊(くゝ)つて死ぬるにも及ぶまい。
「此れだけの大中(あた)りを占められたら、開業二三日で破産しませうよ。其処(そこ)な小僧奴なんざ、朝から十六七本挙げやがッたから、慥(たし)かに三四円の働きは為(し)てますわ」
東京市騒擾中の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
為(し)なくちゃあならぬ。殊に今日本の宗教社会に人物のない時にわざわざ死にに行く必要がないじゃないか
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
妾になら為(し)ておこうといったことのある、その男への復讐心(ふくしゅうしん)から来る興味もあったが、現在の自分等夫婦には、欠けているらしい或要求と歓楽とに憧(あこが)るる心とが
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
沖繩戦が激烈になり、司令長官も陣歿したといふから、十右衛門の次男の大尉も当然陣歿したに相違ない。皆もさう信じて、十右衛門は葬式の用意などを為(し)はじめた。
三年 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
自分が紺野老人をたずねて、眼鏡の玉を拾った話でも為(し)ようものなら、却って紺野老人を警戒させ、或は紺野老人に逐電(ちくでん)させるような結果を惹き起さぬとも限らない。
好色破邪顕正 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
B 私達の小さい手でも、私達の手に出来ることは何(な)んでもして好(い)い事だったら為(し)ましょうねえ。
大きな手 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
気をぬく為めだと云つて茶屋酒なんぞを飲んであるいた為(し)うちが肝癪に障つて来るのであつた。
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
「僕は君の頼みはどんなことでも為(し)よう。君の今一番して欲しいことは何だい」と私は訊(き)いた。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
乃(すなは)ち辞(いな)び譲りて曰く、臣(やつがれ)、不幸(さいはひなき)、元より多(さはの)病有り。何ぞ能(よ)く社稷(くにいへ)を保たむ。願くは陛下(きみ)、天の下を挙げて皇后に附けよ。仍(よ)りて大友皇子を立てて、宜(よろ)しく儲君(まうけのきみ)と為(し)たまへ。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
吉兵衛という妙好人の言葉を借りると、「為(し)始めで為納め」、つまり「為直しのない」ことなのである。茶を点てるのは、そういう行いでなければならぬというのである。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「能登へ言うてやつたらどうどす? そして浅はんに来てお貰ひやすな。さうしたら浅はんが連れて帰らはるか、病院へ入れはるか、どつちなと為(し)やはりますやらうえな。」
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
そして細君は、自分が魔睡の間にサジエストせられて為(し)た事を、魔睡が醒めてからは覚えてゐる筈が無いのである。此の魔睡の間の出来事は奈何なる程度まで及んだのであらうか。
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
吉野(よしの)の花の盛りの頃を人は説くが、私は黄(き)な菜の花が殆(ほと)んど広い大和国中を彩色(さいしき)する様な、落花後の期を愛するのである、で私が大和めぐりを為(し)たのも丁度(ちょうど)この菜の花の頃であった。
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)