“鬱々(ふさい)” の例文
大島仁藏翁(おほしまじんざうをう)の死後(しご)、權藏(ごんざう)は一時(いちじ)、守本尊(まもりほんぞん)を失(うしな)つた體(てい)で、頗(すこぶ)る鬱々(ふさい)で居(ゐ)ましたが、それも少時(しばし)で、忽(たちま)ち元(もと)の元氣(げんき)を恢復(くわいふく)し、のみならず、以前(いぜん)に増(まし)て働(はたら)き出(だ)しました。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
鬱々(ふさい)で居(ゐ)たのは考(かん)がへて居(ゐ)たのです。彼(かれ)は老人(らうじん)の最後(さいご)の教訓(けうくん)を暫時(しばらく)も忘(わす)れることが出來(でき)ないので、拜(をが)まれる程(ほど)の美(うつ)くしい事(こと)を爲(す)るには何(なに)を爲(し)たら可(よ)からうと一心(いつしん)に考(かん)がへたのです。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)