“親(まのあた)” の例文
しかれども十七世紀には欧人東洋に航して親(まのあた)り活(い)きた虎を自然生活のまま観察した者多くなり、噂ほど長途を疾く走るものでないと解ったので
天竺(てんぢく)の靈山(れいざん)此處に來れり。唐土(たうど)の天台山(てんだいざん)親(まのあた)りここに見る。我が身は釋迦佛にあらず、天台大師(てんだいだいし)にてはなし。然れども晝夜(ちうや)に法華經をよみ、朝暮(てうぼ)に摩訶止觀(まかしくわん)を談ずれば、靈山淨土にも相似たり。
かつて親(まのあた)りベダイ人を載せた馬が銃火を潜(くぐ)りて走るを見しに、軽く前脚をあげたり、尻を低くしたり、動くごとに頭頸を昂(たか)くして騎手のために弾丸を遮るようだった。
誠に万事西洋模倣の今日よいところへ気が付かれたと、昨春田辺へ来られた節親(まのあた)り挨拶あり。
これを親(まのあた)り目撃したアペルレースがそれをモデルにしてかの図を作ったと記す。