“見(あらは)” の例文
わが逍遙子の意に違ふをも憚(はゞか)らで、穿鑿の評を避け、文字の上に見(あらは)れたる論の評を作すものは、かゝる危險をおそるゝこと甚しければなり。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
日暮々々に水そゝげば此草とりつく便(たより)あるに任せて蔓をのばし、はや六月の初め、ひと花咲きそめて白き※に露も猶をかしう七夕の名を捨てぬしるしを見(あらは)す。
花のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
それが板木を売つて、技を售(う)り口を糊してゐる京水をして購(あがな)はしめた。京水憤慨の状は自記の数句の中にも見(あらは)れてゐる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「なに、志村は今度は連れて往かぬと云つたぢやないか。かう云つて先生は跳ね起きた。顔には怒の色が見(あらは)れてゐた。わたくしは又黙つて退いた。」
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
今一つ注目すべきは棭斎の辛巳西遊の端緒が、早く此年文化十四年に於て見(あらは)れてゐる事である。茶山は「晋帥が墓にならぬうちに被成よ」と云つて催促してゐる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
二人が会合すれば、いつも尊王攘夷の事を談じて慷慨(かうがい)し、所謂(いはゆる)万機一新の朝廷の措置に、動(やゝ)もすれば因循の形迹(けいせき)が見(あらは)れ、外国人が分外(ぶんぐわい)の尊敬を受けるのを慊(あきたら)ぬことに思つた。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)