むしく)” の例文
ともかくノートは、板の間の埃塗ほこりまみれの円柱の蔭から、積んであったルナンやパピニの基督キリスト伝の下から、むしくいだらけになって現れた。
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
藤吉郎は、毎日、商人あきんどが納品する鰹節かつおぶしむしくいを調べたり、椎茸しいたけ干瓢かんぴょうの記入などを、黙々とやっていた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日がむしくひ、黄色い陰鬱の光のもとにまだ見も知らぬ寂しい鳥がほろほろと鳴き、曼珠沙華のかげをいたち急忙あわただしく横ぎるあとから、あの恐ろしい生膽取は忍んで來る。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
斜に推し倒されむしくったように穴を生じて、その穴の底の方から、岩燕の啼く音が聞えた。
雪中富士登山記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
土佐の古漉紙こすきがみを二枚に折った十枚綴じの物で、ひどく古色が出ているがむしくいのあとはない。
殺生谷の鬼火 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「どうだ、この花は! もつと吟味をしてとつて来ればいいのに。ふ、みんなむしくひだ」
お隣のおばさんにも下し賜わらず長火鉢の前の噛楊子かみようじちょっと聞けば悪くないらしけれど気がついて見れば見られぬ紅脂白粉べにおしろいの花の裏路今までさのみでもなく思いし冬吉の眉毛のむしくいがいよいよ別れの催促客となるとも色となるなとは今のいましめわが讐敵あだにもさせまじきは
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
薔薇のくさむらには、今は、花は一つもない。ただ葉ばかりである。それさへ皆むしくひだ。
むしくった雲の淵の深さが、何十尺かの穴となって、口が明く。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
ぱつと火が燃え立つと、妻の顔は半面だけ真赤に、醜く浮び出す。その台所の片隅では、薔薇のコップが、やみのなかでぽつりと浮び出して来る。その薔薇は、むしくひの薔薇は煙がつて居る!