肱掛ひじかけ)” の例文
私が応接間をのぞいてみると、奥の肱掛ひじかけ椅子に腰を下して、タバコを右手に持ちあげて、例のマネキ猫の恰好で目をとぢて考へてゐる。
散る日本 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
ウイレム夫人は、自由で真直ぐなただの椅子いすよりも、肱掛ひじかけ椅子の底に埋っていたほうが楽ではないかと考えている。
それからまた身を起し、肱掛ひじかけに片腕を置いてじっと前の卓上をながめている前には、長さ二尺に幅四寸ほどの小形の蒸気船の模型が一つ置いてあります。
安楽椅子、肱掛ひじかけ椅子などにも、わざとならぬ時代が付いて、部屋の中に落着いた空気が漂っている。窓ごとに、房のついた鳶色とびいろ緞子どんすの窓掛が重々しく垂れている。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しかしこんどは、クリストフは椅子いす肱掛ひじかけから両手を離さないで、もう動くのはいやだと言ってのけた。
門野の着ている白地の浴衣ゆかただけがぼんやり代助の眼にった。夜の明りは二人の顔を照らすには余り不充分であった。代助は掛けている籐椅子といす肱掛ひじかけを両手で握った。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
窓の肱掛ひじかけへもたれて、女の憂鬱を慰める責任も感じないように、思案橋の往来をながめていた。
治郎吉格子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
真斎は、たまりかねたらしく、肱掛ひじかけを握った両手が怪しくもふるえ出した。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
右の肱掛ひじかけの少し上にスイッチがあった。それをひねれというのだ。
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それは胡床こしょう肱掛ひじかけでした。胡床はつまり椅子です。お天気の日、女はこれを外へ出させて、日向ひなたに、又、木陰に、腰かけて目をつぶります。
桜の森の満開の下 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
そういうと、京子は、壁際にあった肱掛ひじかけ椅子を引きよせて、村川と相対して腰をかけた。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
津田は長椅子の肱掛ひじかけに腕をせて手を額にあてた。彼は黙祷もくとうを神に捧げるようなこの姿勢のもとに、彼が去年の暮以来この医者の家で思いがけなく会った二人の男の事を考えた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そしてまた同時に、一つの敷物も画面も美術品も肱掛ひじかけ椅子もないこの無装飾な室が示してるとおり、彼が生活の安楽ということにたいしてまったく無頓着むとんじゃくなのを、彼女は面白がった。