篆字てんじ)” の例文
風月堂は丁度私の奉公していた本屋の筋向いになっていたので、あの篆字てんじで書いた軒ののれんには私は終日長く相対していたものだった。
日本橋附近 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
嵐うづまくところ、老樹の枝は魂あるもののごとく、さながら当年の金鼓の響を鳴すに通ふ。そが下にたてる「垂綸碑すゐりんのひ」は篆字てんじはやく苔むして見ゆ。
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
程普は、炬火のそばへ、玉璽を持って行って、それに彫ってある篆字てんじの印文を読んで聞かせた。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大波湧返わきかえりて河の広さそのいくばくという限りを知らず。岸に上りて望み見るときかたわらに一つの石碑あり。上に流沙河りゅうさがの三字を篆字てんじにて彫付け、表に四行の小楷字かいじあり。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
小川をとり入れた小さい池も、伯父が自分でったらしい梅里庵ばいりあんという篆字てんじの額も、すべての風物が珍しかった。帆足万里ほあしばんりじくの前にすわって、伯父は今の生活の心安さを色々と話してくれた。
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
石を建てても碑文だの碑銘だのいうは全く御免こうむりたい。句や歌を彫る事は七里ケッパイいやだ。もし名前でも彫るならなるべく字数を少くしてことごと篆字てんじにしてもらいたい。楷書いや。仮名は猶更なおさら
(新字新仮名) / 正岡子規(著)
今、西村先生ここに論及せざるものは、けだしこれを目睫もくしょうしっするものならん。およそ人の万物に霊たるは、その思慮考按こうあんのあるゆえんなり。これをもってよく古代の籕文ちゅうぶんを読み、磨滅の篆字てんじを解す。
平仮名の説 (新字新仮名) / 清水卯三郎(著)
中村梧竹の篆字てんじで「川村印房」とした彫看板が表二階の屋根半分を隠していた。