矗々ちくちく)” の例文
背後には鬱々うつうつと茂った山が、夜空に矗々ちくちくそびえている。明るい美しい陽はないが、その代り満天の星の数が、ひょうの眼のように光っている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
生れたままの、自分の意志——というよりも我意を、高山の頂に生いたった杉の木のように矗々ちくちくひひらしている大将であった。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ことに珍しいのはすべて此処の松には所謂いわゆる磯馴松そなれまつの曲りくねつた姿態がなく、杉や欅に見る真直な幹を伸ばして矗々ちくちくと聳えて居ることである。
沼津千本松原 (新字旧仮名) / 若山牧水(著)
雲浜の時代はまだ「討幕」を、現前の綱領としては出さなかったのに、彼が組織したこの圧力はすぐさまそれをあえてするまで、矗々ちくちくとして生長した。
志士と経済 (新字新仮名) / 服部之総(著)
その辺り一帯は、今も残る通りの凹地くぼちであって、底には池があった。周囲の崖には昼も暗い程大木が矗々ちくちくと茂っていた。夏は赤く水の濁った池で子供が泳いだ。
四谷、赤坂 (新字新仮名) / 宮島資夫(著)
数株の落葉松からまつの若木が、真に燃え立つような、強い明るいオレンジ色をして矗々ちくちくと立っている。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
少し登ると木立が途切れて左手に美しい青草の斜面が現れる。落葉松の大木が三々五々、矗々ちくちく天を突いて雲の中にぽうっと滲み込んでいる。夢のような景色だ。好いなと目が云う。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
その矗々ちくちくとして、鋭く尖れるところ、一穂の寒剣、晃々天を削る如く、千山万岳鉄桶を囲繞せる中に、一肩を高くき、あたまに危石あり、脚に迅湍あり、天柱こつとして揺がず、まことに唐人の山水画
春水しゅんすい矗々ちくちくとして菖蒲しょうぶの芽
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
十幾棟の大伽藍を囲んで、矗々ちくちくと天を摩している老杉ろうさんに交って、とちけやきが薄緑の水々しい芽を吹き始めた。
仇討三態 (新字新仮名) / 菊池寛(著)