“瀬川(せがは)” の例文
證據(しようこ)に召捕(めしとり)候へと申渡(わた)され夫(それ)より瀬川(せがは)并に母お竹(たけ)請人(うけにん)君太夫(きみたいふ)松葉屋(まつばや)桐屋(きりや)以下(いか)呼出され瀬川の本夫(をつと)と云は何者(なにもの)なるやと尋問(たづね)らるゝに瀬川は愼(つゝし)んで首(かうべ)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
わが身の瀬川(せがは)に身を投げてと、思ひしことは幾たびか、死んだあとまでお前の嘆きと、一日ぐらしに日を送る。
近松半二の死 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
掛(かけ)漸(やうや)く敵を討(うち)て候と申立しかば大岡殿不審(ふしん)に思はれ其方敵の面體(めんてい)豫(かね)て見覺(みおぼ)え居たるや覺束(おぼつか)なしと有しに瀬川(せがは)其事(そのこと)は上方の客(きやく)三人半左衞門へ金四百兩預(あづ)け候とて證文(しようもん)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
申喜悦(よろこび)勇(いさ)みて下りけり依て瀬川(せがは)が評判江戸中鳴渡(なりわた)り諸方より貰(もら)はんと云者數多(あまた)あれ共當人(たうにん)は是を承引(うけひ)かず今迄の難澁(なんじふ)とても世に云苦勞性(くらうしやう)なるべし遁世して父と夫の後(あと)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)