湿気しけ)” の例文
旧字:濕氣
其手袋を鼻の先へ押当てゝ、ぷんとした湿気しけくさい臭気にほひを嗅いで見ると、急に過去すぎさつた天長節のことが丑松の胸の中に浮んで来る。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
前に青竹のらち結廻ゆいまわして、その筵の上に、大形の古革鞄ただ一個ひとつ……みまわしてもながめても、雨上あまあがりの湿気しけつちへ、わらちらばったほかに何にも無い。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「さあ、こんな臭いがして来たからは、たしかにこの部屋が湿気しけているに違いありません」と、僕は言葉をつづけた。
今は一年中で最も湿気しける季節だから、書庫にはいるには特別の注意を払わねばならない。
愛書癖 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
ゴチック風の表飾りのある旅館の湿気しけた寝台のうへには、滅びた恋の野辺の送りをするために、屍灰しかいさながらのあじわひをたがいの唇のうへになほも吸ひ合ふ恋人たちの横たはつてゐるのを。
水に沈むロメオとユリヤ (新字旧仮名) / 神西清(著)
指のさきさわると、ぬらりとあやしい字が出来る。「こう湿気しけてはたまらん」とまゆをひそめる。女も「じめじめする事」と片手にたもとの先を握って見て、「こうでもきましょか」と立つ。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それでもなお、これご覧、しゃぼんも新聞も、びしょびしょに湿気しけてるから……
「ときに、ゆうべは馬鹿に寒かったようでしたね。もっとも、あんまり寒いのでほうぼう見まわしたら、窓があいていました。寝床へはいる時には、ちっとも気がつかなかったのですが、お蔭で部屋が湿気しけてしまいました」