水蓮すいれん)” の例文
「池の水蓮すいれんは、今年はまあ、三十二も咲きましたよ。」祖母の大声は、便所まで聞える。「うそでも何でも無い、三十二咲きましたてば。」
帰去来 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼らはかたときもからはなれることなく、水蓮すいれんのそばをすぎたり、ふきあげのしぶきの下をくぐったりした。そのしぶきの中には美しいにじゆめのようにうかんでいた。
おしどり (新字新仮名) / 新美南吉(著)
小羊ラムの皮を柔らかになめして、木賊色とくさいろの濃き真中に、水蓮すいれんを細く金にえがいて、はなびらの尽くるうてなのあたりから、直なる線を底まで通して、ぐるりと表紙の周囲をまわらしたのがある。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それに庸三は、最近裏の平屋を取り払って、そのあとへ花畑や野菜畑を作ったり、泉水に水蓮すいれん錦魚きんぎょを入れて、藤棚ふじだなけたりした。碧梧あおぎりの陰に、末の娘のために組み立てのぶらんこをも置いた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ほんとうの青年は猜忌さいきや打算もつよく、もっと息苦しいものなのに、と僕にとって不満でもあったあの水蓮すいれんのような青年は、それではこの青扇だったのか。
彼は昔の彼ならず (新字新仮名) / 太宰治(著)
二人は白い花の茨の陰から出て、水蓮すいれんの咲いている小さい沼のほうへ歩いて行きます。ラプンツェルは、なぜだか急に可笑しくなって、ぷっと噴き出しました。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
水蓮すいれんのように美しい。私はその美しさを一生涯わすれる事が無いでしょう。けれども私は、その水蓮の咲いている池から、少しずつ離れて行きます。私は、おもてを伏せて歩いているけもののようです。
風の便り (新字新仮名) / 太宰治(著)