気色けはい)” の例文
旧字:氣色
生命救助者を装う髭蓬々の男は、濡れていた半纏が乾いたというので、これに着かえながら、そろそろ暇乞いとまごいをする気色けはいに見えた。
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
窓からでも男を逃す工夫をしているのではあるまいかと、私は真っ暗な鍵穴に眼を付けて室内の気色けはいに耳を澄ませてみた。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
青木の細君は客のあることを聞いて、赤児と共にこもっていた部屋の方で、いろいろと気を揉むらしい気色けはいがした。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
という声がきこえたかと思うと、そこを離れる気色けはいがして足音はすうっとそのまま、二階に上ってしまった。
夢の殺人 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
見識らぬ紳士もカレイライスを註文とほしてゐたものとみえて、その男の前にはやがて料理の皿が運ばれた。ところが、その男はなかなか食ひさうな気色けはいがなかった。
溺死・火事・スプーン (新字旧仮名) / 原民喜(著)
現に昨日鍵をかけておいた金庫がこうしてちゃんと開かれているのですからね。僕は数日前から、何者かがこの部屋を窺っているらしい気色けはいを感じていたのです。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
サスガニ秋ノ気色けはいヲ感ジル。俄雨ガ去ッタ後空ガ快ク晴レル。颯子書斎ニ高粱ト雞頭、玄関ニ七草ヲ活ケル。ツイデニ書斎ノ軸ヲ代エル。荷風散人ノ七絶ノ色紙ヲ表装シタモノ。
瘋癲老人日記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
窓の方に人の気色けはいがしたから振り向いたら、弼君が首を出したのだった。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
藤さんは小母さんの蒲団のすそを叩いて、それから自分のを叩く。肩のところへ坐って夜着の袖をも押えてくれる。自分は何だか胸苦しいような気がする。やがてあちらで藤さんが帯を解く気色けはいがする。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
第三の犠牲者は、眉毛まゆげの細いお千代だった。捜査係長は、喪心そうしんていで、宿直室の床の上へ起き直ったまま、なかなか室から出て来そうな気色けはいもみせなかった。
電気看板の神経 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私という不意の新しい来客きゃくがあったためにどこかでしばらく遠慮していたらしい気色けはいであった。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
暗くてよくは分らぬけれど、人の気色けはいはない。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
次の間で女中の気色けはいが聞えたのだった。
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
南面して巍然ぎぜんたる円柱をめぐらせてそびえ立っているのでしたが、そちらの方を指さしながら、今にも涙のしたたり落ちんばかりの様子が、何かは知らず、ただならぬ気色けはいに見受けられました。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)