楊弓場ようきゅうば)” の例文
浅草観音堂裏手の境内がせばめられ、広い道路が開かれるに際して、むかしから其辺に櫛比しっぴしていた楊弓場ようきゅうば銘酒屋のたぐいがことごとく取払いを命ぜられ
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
観音堂の後ろがまたずっと境内で、楊弓場ようきゅうばが並んでいる。その後が田圃です。ちょうど観音堂の真後ろに向って田圃をへだてて六郷ろくごうという大名の邸宅があった。
陰間かげま茶屋をのぞいて、たもとほころびを切らしたり、楊弓場ようきゅうばの女に、からかわれたり、いい気持らしかった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
楊弓場ようきゅうばなどのあった時代ですが、一歩裏通りに入ると、藁葺わらぶきのしもた家が軒を並べ、安御家人ごけにんや、隠居屋敷、浪人暮しなどの人が、ささやかな畑をこしらえて、胡瓜きゅうり南瓜かぼちゃを育てているといった
楊弓場ようきゅうばの軒先に御神燈出すこといまだ御法度ごはっとならざりし頃には家名いえな小さく書きたる店口の障子しょうじ時雨しぐれゆうべなぞえのき落葉おちばする風情ふぜい捨てがたきものにてそうらひき。
葡萄棚 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
さて明治三十二、三年頃後藤宙外ごとうちゅうがい『松葉かんざし』とかいへる小説に浅草公園楊弓場ようきゅうばのことを描きたり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
中洲真砂座なかすまさござといふ芝居の横手の路地にも銘酒屋楊弓場ようきゅうば軒を並べ、家名小さく書きたる腰高障子こしだかしょうじの間より通がかりの人を呼び込む光景、柳原の郡代、芝神明、浅草公園奥山おくやま等の盛況に劣らず。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
天外子が『楊弓場ようきゅうばの一時間』は好箇の写生文なり。『今戸心中いまどしんじゅう』と『浅瀬の波』に明治時代の二遊里を写せし柳浪りゅうろう先生のかつて一度ひとたびも筆をこの地につけたる事なきはむしろ奇なりといふべくや。
葡萄棚 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)