柑橘かんきつ)” の例文
崖の上の柑橘かんきつ畑から淵を望むと、まどらかな眼を頭の上へちょこんとつけて、々として相戯れている鮎の群れは、夏でなければ求められない風景だ。
香魚の讃 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
熱い国で出来る菓物くだものはバナナ、パインアツプルの如き皆肉が柔かでかつ熱帯臭いところがある。柑橘かんきつ類でも熱い土地の産は肉も袋も総て柔かでかつ甘味が多い。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
柑橘かんきつの花はお化けであつた。自分の正体を隠して虫をよんでゐた。人は招かれないお客に相違なかつたが、その実は皆招かれないこのお客がもつていつてしまつた。
雑草雑語 (新字旧仮名) / 河井寛次郎(著)
伊豆の海の暖潮を抱いている山かげや、侍小路の土塀のうえには、柑橘かんきつの実が真っ黄いろにれていて、やはりここは赤城や榛名はるなの吹きおろしにさらされている上州平野よりは
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こがらしに吹きさらされた松本平とも違い、冬というものを知らぬげな伊豆の海岸の、右には柑橘かんきつみのり、眼のさめるほどあおい海を左にしての湯治帰りだから、世界もパッと明るい。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
私の登った北米のフッド火山は、大なる氷河が幾筋となく山頂から流れているにもかかわらず、麓の高原は乾き切って、砂埃すなぼこりとゴロタ石の間に栽培した柑橘かんきつ類の樹木が、まばらに立っているばかり。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
地の薄くなった胡麻塩ごましおの髪を、小さい髷に取り上げている。顔は小さくてしなびていて、そうして黄味を帯びていた。古びた柑橘かんきつを想わせる。にもかかわらず顔の道具は、いかめしいまでに調ととのっていた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
たちばなつぼというのは、柑橘かんきつの樹の多い南勾配こうばいにある別殿で、こよい義元はそこに、臨済寺の禅師を始め、腹心の者を、表向き夜の茶に招くということで、呼んでいたのである。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いったい、どこを掘ってもよい水です、一歩、海辺へ出ると、柑橘かんきつの実る平和な村があります、三角みすみの港から有明の海、温泉うんぜんたけをながめた風景は、到底、関東にも、関西にもありません。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)